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2023.03.01

バレエ『くるみ割り人形』延長上映決定!

英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン
『くるみ割り人形』延長上映決定!

大好評につき、TOHOシネマズ 日本橋にて延長上映が決定致しました!

~3/9(木)まで

3年ぶりに復活したピーター・ライト版の『くるみ割り人形』。
“金平糖の精”役に金子扶生、“クララ”役は前田紗江が演じ、その他にも日本人が多数出演!
ドラマティックな夢の世界をぜひ堪能ください。

★上映スケジュールは劇場HPをご覧ください
https://hlo.tohotheater.jp/net/schedule/073/TNPI2000J01.do

2023.02.22

バレエ『くるみ割り人形』の魅力、見どころを、を解説します

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森菜穂美(舞踊評論家)

冬の風物詩として、最も愛されるバレエ作品である『くるみ割り人形』。E.T.Aホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」をもとに1892年に誕生した本作は、チャイコフスキーの切なく美しい旋律と幻想的な雪の場面や華麗なディヴェルティスマン、クリスマスを舞台にした少女のファンタジックな成長物語が人気を呼び、様々な振付作品が誕生してきた。

<ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魅力とは>

ロイヤル・バレエで上演されているピーター・ライト版は、1984年に初演。ホフマンの原作に登場する、ねずみ捕りを発明家のドロッセルマイヤーが発明したため、彼の甥ハンス・ピーターがねずみの女王の呪いでくるみ割り人形に姿を変えられてしまうというエピソードがプロローグで示される。クララに愛されることで呪いが解け、ハンス・ピーターが元の姿に戻ってドロッセルマイヤーの元に帰ってくるという物語性がはっきりしていることが、大きな魅力の一つとなっている。

ロイヤル・バレエではこの『くるみ割り人形』は初演以来550回も上演されており、この『くるみ割り人形』なしではクリスマスは迎えられない、とチケットもすぐにソールドアウトになる、バレエ団きっての人気演目である。ロイヤル・バレエならではの演劇性とハッピーエンド、大きくなるクリスマスツリーのドラマチックな演出、女の子の夢を具現化したような、甘く豪華絢爛なお菓子の国と金平糖の精の華麗な踊りが観客を幸福感で包む。子どもから大人まで誰もが夢と冒険の世界でワクワクできることが人気の秘訣だ。

<フルバージョンの『くるみ割り人形』が3年ぶりに帰ってきた!>

ロイヤル・バレエの『くるみ割り人形』も、2020年の世界的なパンデミックで試練を迎えた。同年12月に、ねずみと兵隊の戦いの場面に新振付を導入して大人のダンサーが踊り、子役の出演者を減らすなど一部演出を変更して上演されたものの、感染状況の悪化のためわずか4公演の上演で中止となってしまった。2021年の12月には、引き続きこのパンデミック対応版が上演されたが、コロナ禍で沈んでいたロンドン市民に、舞台芸術の美しさと興奮をもたらした。そしてついに今回の2022年上演では、パンデミック以前の、愛らしい子役たちがパーティーシーンや戦いの場面で舞台を駆け回る、にぎやかでハッピーな『くるみ割り人形』が帰ってきた!

<プリマ・バレリーナの輝き、金子扶生とニューヒロイン、前田紗江>

今回のシネマ上映で、主役の金平糖の精を演じるのは金子扶生。登場場面は短いけれども、10数分の中で圧倒的な輝きを見せてクララの夢を体現する役だ。難しい技術を用いながらもそれを感じさせず、砂糖菓子のように甘美に、優雅に舞う。今回は往年の大スター、ダーシー・バッセルに指導を受け、エレガントな中にもダイナミックでスピード感も感じさせる華やかさと豊かな音楽性を見せた。大阪出身の金子は、大怪我のため踊れない時期を経て復活し花開いた。2019年にやはり映画館に中継された『眠れる森の美女』で鮮烈な印象を残し、2021年にプリンシパルに昇進。今年のお正月にはイタリアの国民的スター、ロベルト・ボッレとイタリア国営放送のテレビ番組で共演するなど、今やロイヤル・バレエを代表するスターとなった。すらりとした長身に長い手足で舞台映えする華やかな容姿に加え、クラシック・バレエの技術の高さに定評がある。さらに最近では『うたかたの恋―マイヤリング』でマリー・ラリッシュ伯爵夫人役、『赤い薔薇ソースの伝説』ではママ・エレナ役など演技力を要求される難役でも高く評価されている。

金平糖の精は、なんといっても日本の誇る世界の至宝、吉田都がロイヤル・バレエ時代に得意としていた役であり、3回もDVDに収録されたほどである。金子はこの吉田の金平糖の精に憧れ、何百回もこの映像を観たとのことだが、これからは、世界のバレエ少女たちは金子の金平糖の精に憧れるに違いない。

一方、『くるみ割り人形』の物語上のヒロイン、少女クララ役を演じているのは横浜出身の前田紗江。2014年にローザンヌ国際バレエコンクールで2位に輝き、2018年にロイヤル・バレエに正団員として入団した。『白鳥の湖』ではジークフリート王子の妹、『眠れる森の美女』ではフロリナ王女など主要な役への抜擢が続き、クララ役には2021年にデビュー。伸びやかな表現と正確な技術、明るい笑顔がチャーミングだ。クララ役は未来のスターが演じることが多い役で、現在プリンシパルとして活躍するフランチェスカ・ヘイワード、アナ=ローズ・オサリヴァンらも演じてきた。この版では最初から最後までずっと舞台に出ずっぱりのハードな役である。まだ20代前半の前田のこれからの活躍に期待したい。

<日本人ダンサーの活躍、ほかにも注目の若手スターがたくさん!>

金子、前田のほかにも、別公演で金平糖の精役に抜擢された佐々木万璃子が今回は花のワルツのソリスト役を踊った。若手の中尾太亮が1幕でドロッセルマイヤーの助手役、2幕ではダイナミックな跳躍など超絶技巧を見せる中国の踊りを踊っている。金子のパートナーとして金平糖の精の王子役を踊るのは、映画版『ロミオとジュリエット』でロミオ役を踊り、注目されている貴公子ウィリアム・ブレイスウェル。またくるみ割り人形/ハンス・ピーター役には、次期プリンシパル最有力候補でアフリカ系のジョセフ・シセンズ。ドキュメンタリー映画『バレエ・ボーイズ』に出演したルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロドがセクシーなアラビアの踊りで成長した姿を見せるなど、ロイヤル・バレエの魅力的なダンサーが多数出演し、お楽しみがいっぱいの『くるみ割り人形』、お見逃しなく。

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2023.02.20

ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』タイムテーブルのご案内




ロンドンの冬の風物詩!ピーター・ライト版が3年ぶりにフルバージョンで復活!
金平糖の精役では金子扶生が魅了し、クララ役に前田紗江が抜擢!
日本出身ダンサーが多数出演、ドラマティックな夢の世界へようこそ!!

クリスマスの時期に世界中で上演され決定版とも言われる英国ロイヤル・バレエのピーター・ライト版『くるみ割り人形』。ロイヤル・バレエで500回以上、上演され愛された本作が、コロナ禍を乗り越え、愛らしい子役たちも大勢出演のフルバージョンが3年ぶりに復活した!

金平糖の精役は、その華やかさとドラマ性でロイヤル・バレエを代表するプリマ・バレリーナとなった金子扶生がエレガントな踊りと磨き抜かれたテクニックで魅了する。王子役には、昨シーズン『白鳥の湖』のシネマ上映に主演してプリンシパルに昇進し、映画版『ロミオとジュリエット』にも主演したウィリアム・ブレイスウェル。そして若手ホープ(2014年ローザンヌ国際バレエコンクール2位)の前田紗江が、伸びやかで現代的なクララを魅力的に演じて初のロイヤル・シネマでの主役級の出演を飾った。くるみ割り人形とハンス・ピーター役を演じるのは、プリンシパル昇格最有力候補、才能豊かなジョセフ・シセンズ。別公演では金平糖の精役に大抜擢された佐々木万璃子が花のワルツのリードを優雅に舞い、中尾太亮が魔術師ドロッセルマイヤーのアシスタント役と中国の踊りを見事な技巧で踊るなど、期待の日本出身のダンサーも随所で登場している。
(上演日:2022年12月8日)


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【振付】:ピーター・ライト
【原振付】:レフ・イワーノフ
【音楽】:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
【美術】:ジュリア・トレヴェリャン・オーマン
【原台本】:マリウス・プティパ(「くるみ割り人形とねずみの王様」E.T.A.ホフマンに基づく)
【プロダクションとシナリオ】:ピーター・ライト
【ステージング】:クリストファー・カー、ギャリー・エイヴィス
【指揮】:バリー・ワーズワース/ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団
【出演】ドロッセルマイヤー:ベネット・ガートサイド、クララ:前田紗江、
ハンス・ピーター&くるみ割り人形:ジョセフ・シセンズ、
金平糖の精:金子扶生王子:ウィリアム・ブレイスウェル、
ドロッセルマイヤーのアシスタント:中尾太亮、シュタルバウム博士:ギャリー・エイヴィス、
ローズ・フェアリー(薔薇の精):マヤラ・マグリ、花のワルツのソリスト:佐々木万璃子

2023.02.13

ロイヤル・バレエ『ダイヤモンド・セレブレーション』タイムテーブルのご案内




15人のプリンシパルが出演!ドラマチック・バレエから世界初演4作品まで。
ダイヤモンドの輝きを見せる贅沢な夢のような一夜のガラ公演!

ロイヤル・バレエの輝かしいプリンシパルたちが贈る豪華なガラ公演。ダイヤモンド・アニバーサリーにふさわしく、ロイヤル・オペラ・ハウスのファン組織“フレンズ・オブ・コヴェント・ガーデン”の60周年を祝うプログラム。過去から現在に至るまでの素晴らしい支援に感謝するものとして、古典、現代作品、そして受け継がれてきた遺産としての作品などから構成され、ロイヤル・バレエの幅広さと多様性を余すことなく披露。更に4作品もの世界初演の新作やクリストファー・ウィールドンの「FOR FOUR」のカンパニー初演、ジョージ・バランシンの古典的な名作「ダイヤモンド」と多彩なプログラムで構成されている。日本出身のプリンシパル、高田 茜、金子扶生の熱演にも注目。
(2022年11月16日上演作品)


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指揮:クン・ケセルス ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団
●「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」序曲とパ・ド・ドゥ
振付:フレデリック・アシュトン╱音楽:フェルディナンド・へロルド╱出演:アナ=ローズ・オサリヴァン、アレクサンダ―・キャンベル
●「マノン」1幕 寝室のパ・ド・ドゥ
振付:ケネス・マクミラン╱音楽:ジュール・マスネ╱出演:高田 茜、カルヴィン・リチャードソン
●「クオリア」
振付:ウェイン・マクレガー╱音楽:スキャナー╱出演:メリッサ・ハミルトン、ルーカス・ビヨンボー・ブレンツロド
●「FOR FOUR」(カンパニー初演)
振付:クリストファー・ウィールドン╱音楽:フランツ・シューベルト╱出演:マシュー・ボール、ジェームズ・ヘイ、ワディム・ムンタギロフ、マルセリーノ・サンベ
●「SEE US!!」(世界初演)
振付:ジョセフ・トゥーンガ
音楽:マイケル“マイキーJ”アサンテ
出演:ミカ・ブラッドベリ、ルーカス・ビヨンボー・ブレンツロド、アシュリー・ディーン、レティシア・ディアス、レオ・ディクソン、ベンジャミン・エラ、
オリヴィア・フィンドレイ、ジョシュア・ジュンカー、フランシスコ・セラノ、ジョセフ・シセンズ、アメリア・タウンゼンド、マリアンナ・ツェンベンホイ
●「ディスパッチ・デュエット」(世界初演)
振付:パム・タノウィッツ╱音楽:テッド・ハーン╱出演:アナ=ローズ・オサリヴァン、ウィリアム・ブレイスウェル
●「コンチェルト・プール・ドゥーふたりの天使」(世界初演)
振付:ブノワ・スワン・プフェール╱音楽:サン=ブルー╱出演:ナタリア・オシポワ、スティーヴン・マックレー
●「プリマ」(世界初演)
振付:ヴァレンティノ・ズケッティ╱音楽:カミーユ・サン=サーンス╱出演:フランチェスカ・ヘイワード、金子扶生、マヤラ・マグリ、ヤスミン・ナグディ
●「ジュエルズ」より「ダイヤモンド」
振付:ジョージ・バランシン╱音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー╱出演:マリアネラ・ヌニェス、リース・クラーク
ロイヤル・バレエ団 アーティストたち

2023.01.18

オペラ『ラ・ボエーム』を初心者でもわかりやすく解説します

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石川 了(音楽・舞踊ナビゲーター)

なんと言ってもフローレス推し!
2022年9月に3年ぶりの来日を果たしたテノールのスーパースター、フアン・ディエゴ・フローレス。公演に行くことができた方はもちろん、行けなかったオペラファンにとって特に嬉しいフローレス最新の姿が映画館で楽しめる。英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2022/23『ラ・ボエーム』だ。(2022年10月20日公演)

フローレスといえば、何といってもロマンティック・コメディの印象が強い。ロッシーニの『セビリアの理髪師』『チェネレントラ』やニーノ・ロータの『フィレンツェの麦わら帽子』などのドタバタ喜劇はまさに彼の独壇場で、そのフットワークの軽い演技や茶目っ気のある表情、しなやかな音楽性と(彼の代名詞でもある)超高音は、フローレスの最大の魅力であった。
そんな彼も1973年生まれ、つまり2023年に50歳を迎える。高音域だけではなく中音域も充実し、レパートリーはロッシーニやドニゼッティ、ベッリーニといったベルカントものから、マスネ、グノーのようなフランスもの、(役を選ぶが)ヴェルディやプッチーニまで広がった。ロドルフォは一昔前のフローレスなら絶対に歌わなかった役だから、今回の映像は音楽ファンにはたまらない。

愛だけでは命は救えない。
<ボエーム>とは<ボヘミアン>のフランス語。自由に生きることに憧れた芸術家の卵たちを指すが、そのような芸術家気取りの生活をしていても、金がなければ愛する人に薬を買ってあげることもできないのが現実だ。愛だけでは命は救えない。
そう、『ラ・ボエーム』は、実は「病を持つ人を愛するという責任に怖気づき、態度が変わるロドルフォの物語」でもあるのだ。まだまだ青年のようなフローレスの仕草や表情をみていると、青春の苦い思い出がよみがえるのか、そんなことを強く感じてしまう。彼は、歌唱力だけではなく、演技力もブラボーなのだ!

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2023.01.16

ロイヤル・オペラ『ラ・ボエーム』タイムテーブルのご案内




オペラ界のスーパースター、フローレスが英国ロイヤルの《ラ・ボエーム》に出演!
貧しい芸術家たちの“青春の歌”を感情豊かに歌い上げる。

イタリアオペラの巨匠プッチーニの若き日の傑作で、ミュージカル『レント』の原作としても知られる『ラ・ボエーム』。若くて貧乏な詩人ロドルフォは、可憐な娘ミミと恋に落ちる。芸術家たちが一緒に暮らす屋根裏部屋から、クリスマス・イヴのお祭り騒ぎへ、だがやがて楽しい時はうつろい、辛い別れが訪れる。誰でも一度は経験したことのある若さゆえのきらめきと絶望を、胸を打つメロディーで歌い上げる《ラ・ボエーム》は、数あるオペラの中でももっとも愛される名作の一つだ。
英国ロイヤルで2017年に初演されたリチャード・ジョーンズ演出のプロダクションは、近年多い現代的な読み替えではなく、台本の指定に沿った時代と設定で劇が進行する。詩人ロドルフォを歌うのはオペラ界のトップに君臨するテノール歌手、フアン・ディエゴ・フローレス。第1幕の屋根裏部屋でロドルフォとミミが出会う場面では、フローレスの歌のフレージングの美しさが聴きどころだ。第1幕の後半にある彼の有名なアリア「冷たい手を」でも、輝かしいハイC(高音のド)がオペラハウスに響き渡る。ミミを歌うのはソプラノのアイリーン・ペレス。感情がこもった歌が素晴らしく、健気で愛情深いミミ役を演じている。画家マルチェッロには注目のハンサムなバリトン、アンドレイ・ジリホフスキーが出演。奔放なムゼッタ役にはやはりスター歌手のダニエル・ドゥ・ニースが出演して観客を魅了する。ちなみに第2幕は合唱が大きな聴きどころで、それに加えて子供たちのコーラスも抜群の可愛さだ。またカフェのボーイ役などの俳優たちの演技も見ていて飽きない。第3幕以降はロドルフォとミミ、マルチェッロとムゼッタの二組のカップルの葛藤と別れが描かれ、それもロドルフォとミミには永遠の別れが待っている。原作の小説家ミュルジェールは当時の自分達のリアル・ライフを小説にし、それを若きプッチーニが共感を持ってオペラ化した。ここには青春のすべてがある。


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【音楽】ジャコモ・プッチーニ
【指揮】ケヴィン・ジョン・エドゥセイ
【演出】リチャード・ジョーンズ
【出演】マルチェッロ:アンドレイ・ジリホフスキー /
ロドルフォ:フアン・ディエゴ・フローレス / コッリーネ:マイケル・モフィディアン /
ショナール:ロス・ラムゴビン / ベノア:ジェレミー・ホワイト /
ミミ:アイリーン・ペレス / ムゼッタ:ダニエル・ドゥ・ニース

2022.12.27

オペラ『アイーダ』を初心者でもわかりやすく解説します

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石川 了(音楽・舞踊ナビゲーター)

あまりにもタイムリーな・・・
2022年、ウクライナでは悲惨な戦争が続き、年末には日本でも戦後の安全保障を大きく転換する閣議決定がなされた。身近に“戦争”という言葉を意識せざるを得ない昨今だが、新たな年を迎えるにあたり、ガツンと一発、衝撃的なオペラが映画館で上映される。英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2022/23《アイーダ》だ。(2022年10月12日上演)

《アイーダ》といえば、エジプトのエキゾチックな雰囲気と、象やキリンも登場する煌びやかな第2幕「凱旋の場」を思い起こす方も多いだろう。しかし、このロバート・カーセンによる新演出プロダクションでは、そのような異国情緒や動物などは一切登場しない。ステージを支配するのは、武器を持った軍服の兵士たち。そう、この《アイーダ》は、地下に無数の核兵器ミサイルを保有する現代の架空の軍事国家が舞台となる。
観客は、否応なしにさまざまな国や紛争を思い浮かべるだろう。ウクライナとロシア、イスラエルとパレスチナ解放機構、イラン・イラク戦争、もしくは北朝鮮や中国、アメリカだってイメージする方がいるかもしれない。世界の至るところで紛争が起きているからこそ、カーセン版《アイーダ》はあまりにもタイムリーだ。

オペラは生きもの
このような“読み替え”は、オペラではよく行われている。オペラファンには「音楽を邪魔する」として読み替え演出を否定する方もいるが、筆者はどちらかといえば歓迎派だ。もちろん読み替えオペラがすべて成功しているとは思わない。しかし、オペラは博物館で展示されるものではなく、ステージで上演される生きものである。その時代に則した感性を作品に注入することで、作品は生き残っていく。この演出は、1871年の初演からおよそ150年経った現代を反映したひとつの帰結かもしれない。

片思いの痛み
もちろん、ヴェルディの音楽は今なお色褪せることはない。この《アイーダ》を今回のプロダクションで会話とモノローグの芝居としてみると、有名な「凱旋の場」だけではない、オペラの素晴らしさが際立ってくる。
たとえば、会話の場面では、アイーダとアムネリスの胸の探り合い(第2幕第1場)、恋人から軍事機密を聞き出すよう強要する父アモナスロとアイーダ、情報を流してしまうラダメスとアイーダ(第3幕)、審判を待つラダメスを説得するアムネリス(第4幕第1場)など、物語の設定が現代であることで、ヴェルディの音楽と台詞がとてもリアルに感じる。
モノローグでは、「清きアイーダ」「勝ちて帰れ」などの有名アリアのほかに、第4幕第1場のラダメス審判のアムネリスに注目したい。
愛するラダメスから見向きもされず、彼の最期に及んで「あなたの慈悲が最も不名誉」とまで言われるアムネリスは、王女なのに、彼が裏切り者として処刑される判決にどうすることもできない。ここまで報われないアムネリスを、ブランドの服を着て権力も美貌も併せ持つ現代女性にすると、現実にもいそうに思えるし、彼女の哀しみが私たちにも経験したことがある片思いの痛みのように身近に感じてくる。ヴェルディも、この作品で一番共感するキャラクターがアムネリスだったのではないか。

平和への願い
アイーダとラダメスは、核兵器ミサイルが眠る格納庫に生き埋めになる。決して開くことがないその地下扉が開くときは、核兵器が使用されるときであり、世界は滅びることを暗示する。この演出では、最後のアムネリスの祈りの音楽に、そうはならないように世界の平和への願いが込められている。深い余韻に包まれたラストシーンの意味を、皆さまとともに考えたい。

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2022.12.19

ロイヤル・オペラ『アイーダ』タイムテーブルのご案内




ヴェルディの『アイーダ』が現代の社会を映す鏡になる!
英国ロイヤルの新演出が描く、軍事国家の危険と戦争の犠牲となる男女の悲劇―。

オペラの人気演目「アイーダ」は、古代エジプトを舞台に、エチオピア人奴隷のアイーダがエジプト軍の将軍ラダメスへの愛と祖国の間で引き裂かれる悲劇。19世紀イタリアの巨匠ヴェルディのスペクタクル・オペラとして、エキゾチックな舞台と大規模な合唱やバレエのシーンで良く知られている。
だが2022年、英国ロイヤル・オペラが発表した「アイーダ」新演出版で巨匠ロバート・カーセンが創りあげたのは、古代エジプトとエチオピアという設定を完全に排除した物語だった。現代のいくつかの国の要素を取り入れて考案したという架空の国家が舞台となり、軍事力に頼る全体主義が個人の幸福を左右する様を、カーセンらしい完成度の高い筆致で描き出す。国家元首(エジプト王)とその娘(アムネリス)はブランドの服に身を固め、軍隊の揃った敬礼を満足そうに受ける。鳴り響くトランペットが軍隊の入場を告げて始まる<凱旋の場>では、戦死した兵士たちを悼む儀式や、軍のデモンストレーションを表現するダンスが演じられる。人間社会のあやうさと、愛し合う男女の苦悩は、時代と国を超えて観客に迫ってくる。
音楽面での充実も演出に負けていない。音楽監督パッパーノの指揮は、華々しいシーンは堂々たる演奏で、主人公たちの対話は細かい心理を感情豊かに歌わせる。主役歌手たちも超一流の布陣。タイトル役アイーダのエレナ・スティヒナ、ラダメスのフランチェスコ・メーリ、アムネリスのアグニエツカ・レーリス、アモナズロのリュドヴィク・テジエ、そして注目のバス歌手ソロマン・ハワードまで、世界で活躍する国籍も様々な歌手が顔を揃えた。英国ロイヤルが誇る合唱団は<凱旋の場>を始めとするシーンでスリリングな歌を聴かせる。あらゆる意味で『今』を感じさせる舞台と言える。終演後の観客のブラボーの声は盛大で、イギリスのオペラ・レビューでも高い評価を得、今後も受け継がれていくであろうプロダクションとなった。
(2022年10月12日上演作品)


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【作曲】ジュゼッペ・ヴェルディ 【演出】ロバート・カーセン 【指揮】アントニオ・パッパ-ノ
【出演】エレナ・スティヒナ / フランチェスコ・メーリ /  アグニエツカ・レーリス /  リュドヴィク・テジエ / ソロマン・ハワード / シム・インスン 他

2022.12.12

ロイヤル・バレエ『うたかたの恋 ーマイヤリングー』タイムテーブルのご案内


 


平野亮一が堂々シーズン・オープニングアクトの主演を飾り絶賛された
ドラマティック・バレエの傑作がスクリーンに登場!

1889年、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子ルドルフが、17歳の愛人マリー・ヴェッツェラと心中したマイヤリング事件。
英国バレエを代表する巨匠ケネス・マクミランは、1978年にこの実話をバレエ化。両親に愛されず、政略結婚を強いられ、宮廷内の策略など政治的にも翻弄されてきた皇太子ルドルフは次から次へと愛人を作り、苦悩し病んでいくー。本作は、『ロミオとジュリエット』、『マノン』と並んで彼の最高傑作となった。
ルドルフ皇太子を演じるのは、日本出身の平野亮一。バレエ作品には珍しく男性が主人公である本作で6人もの女性ダンサーと超絶技巧のパ・ド・ドゥを繰り広げる。いつかは演じてみたいと男性バレエダンサーたちが熱望するこの役のシーズン初日に抜擢され、さらに、その模様が世界中の映画館で中継されたのは、平野の高い演技力とパートナーリング技術の確かさが信頼を勝ち取っている証。辛口で有名な英国の批評家たちから大絶賛を浴び、主要紙すべてで4つ星を獲得した。
ルドルフ皇太子を取り巻く登場人物たちも、ナタリア・オシポワ、ラウラ・モレーラ、マリアネラ・ヌニェス、フランチェスカ・ヘイワードとロイヤル・バレエを代表する綺羅星のようなスター揃い。またルドルフが唯一心を許す御者のブラットフィッシュには、日本出身で上昇気流に乗るアクリ瑠嘉が扮し、軽妙で鮮やかな踊りと心温まる人間性を見せてくれる。
(2022年10月5日上演作品)


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【振付】:ケネス・マクミラン 【音楽】:フランツ・リスト
【美術】:ニコラス・ジョージアディス 【指揮】:クン・ケセルズ
【出演】ルドルフ皇太子(オーストリア・ハンガリー帝国皇太子):平野亮一
マリー・ヴェッツェラ(ルドルフの愛人) ナタリア・オシポワ
ラリッシュ伯爵夫人(ルドルフの元愛人):ラウラ・モレ―ラ
皇妃エリザベート(ルドルフの母):イツィアール・メンディザバル
ステファニー王女(ルドルフの妻) フランチェスカ・ヘイワード
ミッツィー・カスパー(高級娼婦でルドルフの愛人):マリアネラ・ヌニェス
ブラットフィッシュ(ルドルフのお気に入りの御者):アクリ瑠嘉
4人のハンガリー将校 リース・クラーク 他

2022.12.06

特別編:オペラ『蝶々夫人』を解説します

家田 淳(演出家・翻訳家 洗足学園音楽大学准教授)

多様性の時代におけるオペラ

2021年秋のこと。
「ロイヤル・オペラ・ハウスが、演目から人種差別的な要素を撤廃する方針」というニュースを、たまたまネットで目にした。
近年、欧米では#MeToo運動、Black Lives Matter運動に背を押され、エンタテインメント業界でも人種・性的マイノリティを積極的に登用したり、マイノリティの社会をフィーチャーした作品を作る動きが盛んで、有色人種や女性を入れて多様性を出すことは、一時的なトレンドにとどまらない大きな流れになっている。
「ついにオペラも時代の波に乗ったか」と感心しながら記事を読んだ数日後、ロイヤル・オペラ・ハウスから一通のメール。
なんと劇場が「蝶々夫人」の既存演出をアップデートするプロジェクトを立ち上げるので、日本側の代表の一人として参加してもらえないか、という打診だった。

「蝶々夫人」は言わずと知れた明治の長崎を舞台にしたプッチーニの名作だが、欧米で上演される場合、そこに登場する日本は80年代のハリウッド映画に描かれるような妙ちくりんなフジヤマ・サムライ・ニンジャのジャパンであることが、残念ながら多かった。
このロイヤル・オペラ・ハウスの既存プロダクション(2003年初演)も、比較的ましな方ではあるものの、衣裳やメイクは、もうどこから突っ込んでいいか判らないほど間違いだらけ。日本人役のメイクは歌舞伎風の白塗りで、目は吊り目、着物は単なるVネックのローブ。明治時代なのに髪型は平安時代。
そこについにメスが入るのか…!! 時代は変わるものだ。果たして自分がその重責に相応しいのか不安には思いつつも、オンラインで会議に出席して意見を述べたり、専門家を紹介して会議の通訳や資料の翻訳をする形で、2022年春、改訂「蝶々夫人」が上演されるまでプロジェクトに参画した。

アップデートの現場では
劇場側の真摯な姿勢は、差別されてきた側の日本人の方が頭が下がるほど。「20世紀初頭の西洋優位の価値観で書かれたこのオペラを、レパートリーに残しておくべきなのか?」というそもそも論に始まり、「バタフライ(蝶々さん)の家の使用人たちの姿勢や態度が卑屈すぎる。日本人を格下に置くような演技を修正すべき」「衣裳、メイクはできるだけリアルにしたい」といった提案が次々となされた。
ただ衣裳については、本来であれば一から作り直すか、現地に日本人の専門家が飛んで現物を使って手取り足取り教えないことには、とても小手先で直せる範囲ではない。しかしコロナ禍でのプロジェクト、こちらはオンライン参加にとどまるしかできず、どこまで意図が伝わり正確に現場に反映されるのか、フラストレーションもあった。

舞台衣裳デザイナーの半田悦子氏を招いて、衣裳とヘアメイクの具体的な改善点を伝えていた時のこと。大量の参考写真やイラストを見せながら、一つ一つの役柄についてダメ出しをしていくが、Zoomではなかなかニュアンスが伝わりづらい。
しびれをきらした半田氏がズバリ一言。「あの、皆さんは、こういう吊り目のメイクが日本人らしい顔を表しているとお考えなのでしょうか?」
…シーン。
向こう側の空気が凍りついたのが、画面越しでもわかった。
(「えっ、違うの?」「でもそれって言っちゃいけないやつだよね(汗)」)という彼らの脳内セリフが見える。
しばしの沈黙ののち、向こうから一言。「それこそが、私たちが教えてほしいことなのです」
半田氏、少しため息をついて「ええとですね、日本人の女性は、自分を可愛く見せるために、目は丸みをもって描きます」 なるほど、と納得の空気。
そうか。日本人といえば吊り目なんだ、今でも。
いわゆるアジア人ステレオタイプが、今そこにいる人たちの頭の中にもしっかり生きていることが、露わになった瞬間であった。

更に別の回で、キャスティングが話題になった際の話。参加者の一人として呼ばれていた若い中国人メゾソプラノ歌手が、明るく言い放った。「私にはしょっちゅうスズキ役のオファーが来るけど、断っています。一度受けるとその役ばっかりが来て、他の役ができなくなってしまうから」
軽くガツンとやられた。もし私だったら、ヨーロッパの歌劇場からオファーがもらえるだけで嬉しいと思ってしまう気がする。少なくとも過去にはアジア人歌手はそうやって、バタフライやスズキのスペシャリストとして生きていくケースが多かったのではないだろうか?
近年は中国人や韓国人の歌手が世界の歌劇場で大躍進しているが、この歌手も「人種枠」はハナから念頭になく、むしろお断りなわけだ。時代はどんどん進んでいるのだなあ。
この「人種枠で特定の役に縛られると、歌手本人のキャリアが狭められてしまう問題」についても色々と意見が出た結果、「アジア人の役にはアジア人を積極的に起用する。ただし『人種だけではなく実力で選んでいる』と歌手本人に示すために、例えばスズキ役をオファーする場合には、別の作品の役も同時にオファーすれば良いのでないか」というところで締め括られた。

また、演技面ではムーヴメントの専門家の上村苑子氏が現地で稽古に参加し、歌手に和の所作を指導した。その様子は付録映像で紹介されている。

心からの敬意を
このようなプロセスを経てお披露目となったのが、このシネマシーズンで上映される「蝶々夫人」。衣裳の細部などは完全とは言えないものの、欧米で上演される「蝶々夫人」の舞台としては相当に自然かつリアルで、音楽とドラマに集中できる仕上がりとなっているのではないだろうか。
何より、こういった問題認識がなされ、劇場をあげて解決に取り組もうという姿勢、オペラ・ハウスもまた現代社会を担う一端であり、発信する作品は社会に対して責任があるという信条は学ぶべきことが多く、心から敬意を表したいと思う。

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