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2024.06.03
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2024.04.02
森菜穂美(舞踊評論家)
濃厚なドラマティック・バレエの沼に溺れてみたい―愛と官能の最高傑作、ロイヤル・バレエの『マノン』
ケネス・マクミラン振付の『マノン』は、『ロミオとジュリエット』『うたかたの恋―マイヤリング』と並び、マクミランの代表作と呼ばれるドラマティック・バレエの最高傑作だ。今年で初演から50周年を迎える。ロイヤル・バレエの歴史の中でも、初演のアントワネット・シブリ―、アンソニー・ダウエル、そしてシルヴィ・ギエム、本シネマシーズンで司会を務めるダーシー・バッセルなど、スターによる数々の名演が行われてきた。
18世紀のパリの裏社交界が舞台。華やかさの裏で絶対的な貧困がはびこる世界で、魔性の美少女マノンは贅沢な生活を選ぶのか、貧しくてもデ・グリューとの愛に生きるのか。愛の本質を問い続け、人間心理の深層に迫った色褪せない名作である。ガラ公演では、恋の高揚感に酔うロマンティックな『寝室のパ・ド・ドゥ』や、ルイジアナの沼地での死を前にした極限の愛を見せる壮絶な『沼地のパ・ド・ドゥ』が頻繁に踊られるなど、一度観たら忘れられない名場面の多い作品だ。ロイヤル・バレエを始め、パリ・オペラ座バレエ、アメリカン・バレエ・シアター、オーストラリア・バレエ、ヒューストン・バレエ、そして新国立劇場バレエ団など世界中のバレエ団で上演され、踊り継がれてきた。
原作はアベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』で、オペラ化も、映画化もされている(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督による1949 年の映画化『情婦マノン』、そしてカトリーヌ・ドヌーヴ主演の『恋のマノン』(1967)も映画ファンなら知っている人も多いだろう)。
1973年夏のロイヤル・バレエのシーズンの最終日の夜、ロイヤル・バレエのプリンシパル、アントワネット・シブレーは楽屋に一冊の本が置いてあることに気が付いた。本に添えられたケネス・マクミランからのメモには、「夏休みの課題読書です。74年の3月7日に必要になります」と書かれていた。
マクミランはプレヴォーの1731年の小説に基づき、自身のシナリオを作り上げた。マノンの気まぐれな態度の鍵は、貧困を恐れたことにあったと彼は受け止めた。兄レスコー同様、彼女は貧しさという屈辱を逃れるためには何でもしたのだ。何よりも彼女は贅沢な生活をするために金持ちの男に守ってもらう必要があった。18世紀のパリ社会は、モラル的にも金銭的にも移り気で、富と腐敗が、堕落と退廃と共に繁栄を誇った。このバレエの舞台は一見華やかに見えて、これらの対照性を明らかにしている。場面転換の後ろ側にはボロ布が吊るしてあり、性的なサービスを提供することによって得られた贅沢な服をまとった女性たちが誇らしげに歩くそばで、小銭を拾う浮浪児たちがいる。(ジャン・パリー「一つの古典の創造」より引用)この貧困がはびこる世界観は、現代の格差社会や貧困と地続きのものを感じさせる。
甘美でドラマティックな旋律が印象的な音楽については、マクミランは1974年のバレエ初演時、レイトン・ルーカスに編曲を依頼してオペラ版も手掛けたジュール・マスネの音楽を用いたが、オペラと同じ曲はあえて使用していない。現在のバージョンは2011年にマーティン・イエーツが、マスネの既成の曲を最初からまるでバレエ組曲として書かれたように再構成して完成させた。
本上映では、ロイヤル・バレエのトップスターたちの贅沢な共演と共に、舞台に立っている一人一人のアンサンブルが、18世紀のパリ、そしてニューオーリーンズに生きる人々の息吹を細やかな演技で伝えて、これぞ英国の本家ドラマティック・バレエという見ごたえのある舞台を堪能させてくれる。
今回マノンを演じるのは、世界的なスターバレリーナのナタリア・オシポワ。ボリショイ・バレエ時代から高い身体能力と技術で知られてきた、ロイヤル・バレエに移籍後には演技力を磨き、強靭な肉体をすみずみまで使って物語を語る唯一無二の傑出した個性と表現力で、ロンドンでも熱狂的に支持されている。時には大胆に、時には繊細に、マノンという一筋縄ではない女性を舞台の上で説得力を持って生き、観客に強い衝撃を与える。流されるだけのヒロインではない、過酷な運命の中で生き抜こうとする強さを持つ新しいマノン像を目撃してほしい。
マノンを一途に愛するデ・グリュー役は、シネマの全幕作品では初主演のリース・クラーク。2022年にプリンシパルに昇進したばかりで、ロイヤル・バレエ一の長身、映画スターのような麗しい容姿の持ち主であり、バレエ団の次世代を担い国際的なスターダンサーへと羽ばたこうとしている。本作では空中に投げられて二回転をしたマノンを地面すれすれでキャッチする、オフバランスなど危険ぎりぎりの難しいサポートが頻出するが、魔法のような彼のサポートには驚かされるはずだ。本作で重要なパ・ド・ドゥの素晴らしさと、息の合った演技は、観る者を深い感動に引きずり込むことだろう。オシポワとは、昨年夏のロイヤル・バレエ来日公演『ロミオとジュリエット』でも共演しており、初共演以来5年間にわたって見事なパートナーシップを築いている。
マノンの兄レスコーには、今年3月に惜しまれながら引退し、ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンス(RAD)の芸術監督に就任する、実力派プリンシパルのアレクサンダー・キャンベル。大胆な酔っ払いのソロなどで、踊りと演技が融合した名人芸を見せてくれる。またレスコーの愛人として、シネマシーズンの『ドン・キホーテ』での主演が記憶に新しいマヤラ・マグリが魅力を振りまき、ムッシュG.M.にはロイヤル・バレエきっての名役者ギャリー・エイヴィスが味わい深い演技を見せている。
マダムの館でのダンシング・ジェントルマンの踊りでは、アクリ瑠嘉を始め、カルヴィン・リチャードソン、ジョセフ・シセンズというプリンシパル有力候補の3人が華麗なステップを踏んでおり、次に誰が昇進するのかワクワクしながら観るのも本作の楽しみ方の一つだ。ベガ―チーフ(物乞いの頭)を演じる中尾太亮の鮮やかな跳躍や回転技、あでやかな高級娼婦を演じる崔由姫、前田紗江ら日本出身のダンサーたちの活躍も見逃せない。
今回のシネマシーズンでは、マノン役を始め、レスコーの愛人など数々の役を演じ、昨年日本で惜しまれながら引退して現在はマクミラン財団の芸術監修者となった名花ラウラ・モレ―ラが『マノン』の真髄について語り、そして主役を指導するシーンが見られる。また重厚にて絢爛な舞台美術を手掛けた、巨匠故ニコラス・ジョージアディスの姪エフゲニアが、本作の舞台美術や衣裳について語るトークも聞き逃せない。
演劇性に優れたバレエの世界最高峰、ロイヤル・バレエが本気を見せた最高傑作『マノン』、ぜひ大スクリーンで味わって、沼地にはまったまま帰れなくなるようなディープな舞台体験をしてみてほしい。
2024.04.01
バレエ作品の中でも最もドラマティックで破滅的な作品のひとつとして高い人気を誇る、ケネス・マクミラン振付の『マノン』。『ロミオとジュリエット』『うたかたの恋―マイヤリング』と並び、マクミランの代表作と呼ばれるドラマティック・バレエの最高傑作であり、今年で初演から50周年を迎える。
18世紀のパリの退廃的な裏社交界が舞台。多くの男性を惑わせる美貌の少女マノンが、神学生のデ・グリューと出会い熱烈な恋に落ちる。兄レスコーの手引きから富豪ムッシュG.M.から愛人にならないかと誘われたマノンは、デ・グリューとの愛と、G.M.との豪華な生活の間で引き裂かれる。高級娼婦として悪徳にまみれ、いかさま賭博に手を染めるが―
出会いの後の甘美そのものの恋の歓びを伝える“寝室のパ・ド・ドゥ”、それと対照的な終幕、マノンとデ・グリューが逃げ込んだルイジアナの沼地で、最後の命の炎を燃やして果てるまでの壮絶な“沼地のパ・ド・ドゥ”が胸を打つ。
(上演日:2024年2月7日)
【振付】ケネス・マクミラン
【音楽】ジュール・マスネ
【編曲】マーティン・イェーツ (選曲:レイトン・ルーカス、協力 ヒルダ・ゴーント)
【美術】ニコラス・ジョージアディス
【照明デザイン】ジャコポ・パンターニ
【ステージング】ラウラ・モレ―ラ
【リハーサル監督】クリストファー・サウンダース
【レペティトゥール】ディアドラ・チャップマン、ヘレン・クローフォード
【プリンシパル指導】アレクサンドル・アグジャノフ、リアン・ベンジャミン、アレッサンドラ・フェリ、エドワード・ワトソン、ゼナイダ・ヤノウスキー
【コンサートマスター】セルゲィ・レヴィティン
【指揮】クン・ケッセルズ
ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
【出演】
マノン:ナタリア・オシポワ
デ・グリュー:リース・クラーク
レスコー:アレクサンダー・キャンベル
ムッシュG.M.:ギャリー・エイヴィス
レスコーの愛人:マヤラ・マグリ
マダム:エリザベス・マクゴリアン
看守:ルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロド
ベガー・チーフ(物乞いの頭):中尾太亮
高級娼婦:崔由姫、メリッサ・ハミルトン、前田紗江、アメリア・タウンゼント
三人の紳士:アクリ瑠嘉、カルヴィン・リチャードソン、ジョセフ・シセンズ
娼館の客:ハリー・チャーチス、デヴィッド・ドネリー、ジャコモ・ロヴェロ、クリストファー・サウンダーズ、トーマス・ホワイトヘッド
老紳士:フィリップ・モーズリー
娼婦、宿屋、洗濯女、女優、乞食、街の人々、ねずみ捕り、召使、護衛、下男:ロイヤル・バレエのアーティスト
2024.03.19
現地メディアからは数々の賛辞とともに高評価を頂いております!
ぜひこの機会にご鑑賞くださいませ。
★★★★★
THE GUARDIAN
★★★★★
THE STAGE
★★★★★
EVENING STANDARD
★★★★★
THE TELEGRAPH
★★★★★
THE ARTS DESK
★★★★★
SUNDAY EXPRESS
★★★★
THE TIMES
★★★★
THE INDEPENDENT
★★★★
FINANCIAL TIMES
★★★★
BROADWAY WORLD
2024.02.15
現地メディアからは数々の賛辞とともに高評価を頂いております!
ぜひこの機会にご鑑賞くださいませ。
★★★★★
THE TIMES
★★★★★
THE STAGE
★★★★★
SUNDAY MIRROR
★★★★★
EXPRESS
★★★★
THE GUARDIAN
★★★★
THE INDEPENDENT
★★★★
THE TELEGRAPH
★★★★
EVENING STANDARD
★★★★
BACHTRACK
2024.02.14
森菜穂美(舞踊評論家)
観る人誰もを幸せにする、ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魔法
冬の風物詩として、最も愛されるバレエ作品である『くるみ割り人形』。E.T.Aホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」をもとに1892年に誕生した本作は、チャイコフスキーの切なく美しい旋律と幻想的な雪の場面や華麗な各国の踊り、クリスマスを舞台にした少女のファンタジックな成長物語が人気を呼び、様々な振付作品が誕生してきた。
<ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魅力とは>
ロイヤル・バレエで570回以上も上演され愛されてきたピーター・ライト版は、1984年に初演。ホフマンの原作に登場する、ねずみ捕りを発明家のドロッセルマイヤーが発明したため、彼の甥ハンス・ピーターがねずみの女王の呪いでくるみ割り人形に姿を変えられてしまうというエピソードがプロローグで示される。ねずみの王様をやっつけた勇敢な少女クララに愛されることで呪いが解け、ハンス・ピーターが元の姿に戻ってドロッセルマイヤーの元に帰ってくるという物語性がはっきりしていることが、大きな魅力の一つとなっている。
多くの「くるみ割り人形」では、クララ役を子役ダンサーが踊り、2幕ではお菓子の国の祝宴のお客様として座っているだけという演出が主流だ。だがロイヤル・バレエのピーター・ライト振付『くるみ割り人形』では、クララと、くるみ割り人形から元の姿になったハンス・ピーターは、雪の場面や、お菓子の国における各国の踊り、さらには花のワルツの中でもパワフルに踊って、最初から最後まで大きな存在感を見せている。各国の踊りは、時代に合わせて改訂が加えられ、ロシアや中国のダイナミックな動きは特に観客を沸かせている。
<ライジング・スターが抜擢されるクララとハンス・ピーター役、若手日本人ダンサーも活躍>
クララ役やハンス・ピーター役は、若手の有望ダンサーが抜擢されることが多く、その中にはその後プリンシパルに昇格して、最後の金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥという主役を踊ることが多い。今回金平糖の精と王子を演じる、アナ・ローズ・オサリヴァンとマルセリーノ・サンベは、2019年のシネマで劇場公開された公演でこのクララ役、ハンス・ピーター役を演じ、その後プリンシパルに昇格した。
今回、クララを演じるのは、2018年に入団して以来、頭角を現しているソフィー・アルット。清楚な可愛らしさと共に知性も感じさせ、柔らかい動きが魅力的で卓越したクラシック技術を持つ。先だってシネマ上映された『ドン・キホーテ』ではキトリの友人役として大活躍した。ハンス・ピーター役には、若手ソリストのレオ・ディクソン。シネマ上映の『ドン・キホーテ』ではワイルドなロマの首領、また別の公演ではエスパーダ役でデビューも果たした期待の星だ。少女クララの憧れを体現したようなフレッシュな好青年ぶりと輝かしいテクニックで魅せている。これからの成長が期待される〝推し“を見つけることができるのもシネマの魅力である。
主役以外でも、スタイリッシュで渋い魅力を発揮している魔術師ドロッセルマイヤーのトーマス・ホワイトヘッド、アラビアではドキュメンタリー映画『バレエ・ボーイズ』に出演したルーカス・B・ブレンツロド、薔薇の精役の愛らしい実力派イザベラ・ガスパリーニなど注目ダンサーが多く登場している。
毎回日本人ダンサーの活躍を見ることができるのを楽しみにしている人も多いはず。冒頭、鮮やかな跳躍で目を奪うドロッセルマイヤーのアシスタント役は、2013年に世界最大のバレエコンクールであるユース・アメリカ・グランプリのホープアワードを10歳で受賞した五十嵐大地が演じている。五十嵐は今シーズン、ハンス・ピーター役にも抜擢されており成長が目覚ましい。1幕では兵士、2幕ではロシアを演じた中尾太亮は今シーズンソリストに昇進し、ハンス・ピーター役を演じているホープで、美しいつま先や高い跳躍が見もの。中尾と対で踊るヴィヴァンデール(人形)、そして花のワルツのリードを踊る佐々木万璃子は、金平糖の精、そしていよいよ4月には『白鳥の湖』で待望のオデット/オディール役を演じるなど、確実にプリンシパルへと近づいており、確かな技術のみならず華やかさも身につけてきた。
<金平糖の精のパ・ド・ドゥ、この上なく美しく甘く切ない踊りの秘密>
『くるみ割り人形』のクライマックスは、金平糖の精のグラン・パ・ド・ドゥ。クラシック・バレエの中でも究極のパ・ド・ドゥと言えるこの場面は、まるで天国にいるようなバレエの美の結晶である。甘く切ない旋律が胸を締め付けるが、チャイコフスキーが『くるみ割り人形』を作曲中に最愛の妹アレクサンドラを亡くし、その悲しみがこの曲に込められているという説もある。チャイコフスキーが、他の作曲家に知られないようにパリからロシアに持ち込んだチェレスタという鍵盤楽器の音色も、天国からの響きのようだ。「金平糖が床に飛び散るような」「ケーキの上のアイシングのような」キラキラした金平糖の精のソロ、王子の超絶技巧を詰め込んだソロ、コーダの高速回転など見せ場が満載だ。今回のシネマ上映では、ダーシー・バッセルが金平糖の精役のアナ・ローズ・オサリヴァン、王子役のマルセリーノ・サンベを指導する場面も登場するが、舞台上ではいともたやすく踊られているこの踊りが、いかに高度な技術や、細かい見せ方を計算して踊られているかがよくわかる。最高のダンサーだけが踊ることができるパ・ド・ドゥだ。
<ねずみの王様は隠れた主役>
『くるみ割り人形』の原作はE.T.Aホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」というわけで、ねずみの王様も非常に重要なキャラクターとなっている。今回のシネマ上映では、デヴィッド・ドネリーが演じるねずみの王様とくるみ割り人形、クララとの戦いの場面のリハーサルシーンも楽しめる。ねずみの被り物をかぶらないで踊るとこんな感じになるのか!という発見ができる。王様らしい威厳がありながらも、お茶目さも感じさせるねずみの王様はどこか憎めなくて、子どもの観客にも人気がある。コロナ禍の際には、このねずみと兵隊たちとの戦いの場面の振付が変更され、ねずみや兵士たちを演じる子役たちが出演しない演出になっていたが、2022年より従来の版に戻した。なお、雪の場面のコール・ド・バレエ(群舞)もコロナ禍の時の16人から24人に今回から増やされており、雪が舞い児童合唱の美しい響きの中で幻想的な舞を見せてくれる。
<世界中で愛される『くるみ割り人形』の中でも、ロイヤル・バレエ版は決定版>
ロイヤル・バレエで上演されているピーター・ライト振付の『くるみ割り人形』は数ある『くるみ割り人形』の中でも、物語がしっかりしているドラマチックさ、夢と冒険がいっぱいのファンタジックさ、華やかな金平糖の精の場面で最も人気のあるプロダクションの一つである。チケットも発売と同時にすべての公演が売り切れるほどだが、本拠地ロイヤル・オペラハウスでしか上演されていない。それを日本の映画館で観ることができるのが、このシネマシーズンの魅力だ。世界最高のロイヤル・バレエのトップダンサーによる、バレエの魔法に夢見心地の2時間35分を映画館で過ごしてほしい。
2024.02.09
クリスマスの時期に世界中で上演される『くるみ割り人形』、その中でも決定版とも言われる英国ロイヤル・バレエのピーター・ライト版『くるみ割り人形』。チャイコフスキーの甘美な旋律に乗せ、魔法のように大きくなるクリスマス・ツリー、ねずみたちとの戦い、美しい雪の精たち、そしてお菓子の国で繰り広げられる華やかな宴、心温まる幕切れと見どころ満載。ロイヤル・バレエで 570 回以上上演され愛され続けている本作が、今年も世界中の皆さんの心を暖めてくれる。
(上演日:2023年12月12日)
【振付】レフ・イワーノフに基づき ピーター・ライト
【音楽】ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
【台本】E.T.Aホフマンに基づき マリウス・プティパ
【プロダクションと台本】ピーター・ライト
【美術】ジュリア・トレヴェリアン・オーマン
【照明デザイン】マーク・ヘンダーソン
【ステージング】クリストファー・カー、ギャリー・エイヴィス、サマンサ・レイン
【アラビアの踊り】ギャリー・エイヴィスが再振付
【指揮】アンドリュー・リットン
【コンサート・マスター】マグナス・ジョンストン
ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団
【出演】
金平糖の精:アナ・ローズ・オサリヴァン
王子:マルセリーノ・サンベ
ドロッセルマイヤー:トーマス・ホワイトヘッド
クララ:ソフィー・アルナット
ハンス・ピーター/くるみ割り人形:レオ・ディクソン
Act I
ドロッセルマイヤーの助手:五十嵐大地
キャプテン:ケヴィン・エマートン
アルルカン:テオ・デュブレイユ
コロンビーヌ:シャーロット・トンキンソン
兵士:中尾太亮
ヴィヴァンデール:佐々木万璃子
ねずみの王様:デヴィッド・ドネリー
Act II
スペイン:ハンナ・グレンネル、アイデン・オブライエン、マディソン・ベイリー、ジャコモ・ロヴェロ、マディソン・プリッチャード、ハリー・チャーチス
アラビア:オリヴィア・カウリー、ルーカス・B・ブレンツロド
中国:フランシスコ・セラノ、スタニスラウ・ヴェグリジン
ロシア:ジョシュア・ジュンカー、中尾太亮
葦笛の踊り:シャーロッド・トンキンソン、アメリア・タウンゼンド、ユー・ハン、ジネヴラ・ザンボン
薔薇の精:イザベラ・ガスパリーニ
薔薇の精のエスコート:デヴィッド・ドネリー、テオ・デュブレイユ、ハリソン・リー、ジョセフ・シセンズ
花のワルツのリード:レティシア・ディアス、イザベル・ルーバック、ジュリア・ロスコ―、佐々木万璃子
2024.01.30
大変ご好評につきまして、TOHOシネマズ 日本橋にてアンコール上映が決定致しました!
お見逃しなくぜひご鑑賞くださいませ。
〈上映スケジュール〉
■2/2(金)
→19:20~の回
■2/3(土)
→12:35~の回
■2/4(日)
→12:25~の回
■2/5(月)~2/8(木)
→19:20~の回
★詳しくはこちらへ
https://hlo.tohotheater.jp/net/schedule/073/TNPI2000J01.do
2024.01.24
森菜穂美(舞踊評論家)
<世界的なスーパースターが振り付けた、生き生きとして楽しい>
ロイヤル・バレエの2023-24シネマシーズンのオープニングを飾るのは、カルロス・アコスタが振り付けた『ドン・キホーテ』です。
『ドン・キホーテ』はあらゆるクラシック・バレエ作品の中でも最も明るく楽しいラブコメディで、華やかな超絶技巧もふんだんに盛り込み、スペインの生き生きと情熱的なパワーにあふれています。バレエ初心者でも、そのパワフルさと華麗な魅力に思わず引き込まれてしまう傑作です。
バルセロナの街角を舞台にした『ドン・キホーテ』は、『白鳥の湖』他で知られる巨匠マリウス・プティパが20代の頃、マドリッド王立劇場と契約し、スペインで過ごして闘牛やキャラクターダンスに夢中になった体験が生かされています。街の踊り子、闘牛士、ファンダンゴ、ロマの踊りなど多彩なキャラクターやエキゾチックな踊りが、作品に生き生きとした魅力的な味わいを加えています。
振付のカルロス・アコスタはキューバ出身で、1990年にローザンヌ国際バレエコンクールでゴールドメダルを受賞後98年にロイヤル・バレエに入団。ローレンス・オリヴィエ賞を受賞し、ボリショイ・バレエにも客演するなど国際的なスターダンサーとして活躍し、2013年の『ドン・キホーテ』初演では自ら主人公バジル役を演じました。ロイヤル・バレエでの引退公演は映画館で中継されました。現在はバーミンガム・ロイヤル・バレエの芸術監督を務めながら、故国キューバでも自身のカンパニー、アコスタ・ダンサを率いています。
そして、本作がアコスタにとって初のロイヤル・バレエの振付作品となりました。彼にとって重要なのは、登場人物たちの個性であり、バレエのステロタイプに囚われず一人一人が生身の血の通った人間として描かれています。そのため、この『ドン・キホーテ』では登場人物たちが台詞を叫ぶ場面があり、ダンサーたちは床の上だけでなく、テーブルやワゴンの上でも踊ります。また、一般的な『ドン・キホーテ』のバレエにある人形劇の場面をカットし、代わりにロマの野営地では、舞台上でラテン音楽のミュージシャンが生演奏するキャンプファイヤーの場面を加えました。ストリート・キッズが広場を駆け回るのもこの版ならではの楽しさです。なお、アコスタがこの版に手を加えた『ドン・キホーテ』をバーミンガム・ロイヤル・バレエで上演しているのですが、こちらでは男性ダンサーがキューピッドを演じています。
舞台美術を担当したのは、ナショナルシアターやウェストエンドで活躍しているティム・ハトリー。「まるで舞台装置がダンサーと共に踊っているみたい」とアコスタに評されたように、舞台装置が動くことで場面転換がスムーズに行なわれ、まるで本のページをめくるように物語が進んでいきます。
<若手中心ながら要所にはベテランを配した、綺羅星のような出演陣>
ヒロインの町娘キトリを演じるのは、2011年にローザンヌ国際バレエコンクールで優勝したマヤラ・マグリ。高度なテクニックを持ちながらも、近年は『ザ・チェリスト』で夭折の天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレ役や、『赤い薔薇ソースの伝説』では敵役ともいえるヒロインの姉役を陰影のある演技で好演しました。ブラジル出身ならではの天性の明るさと安定した技巧がこの役にぴったりです。夢の場面での、一転してエレガントで軽やかなドルシネア姫との演じ分けにもぜひご注目してみてください。
キトリの恋人、床屋のバジルは人気の高い英国出身のマシュー・ボールが演じます。端正な容姿で、マシュー・ボーンの『白鳥の湖』では男性の白鳥を演じるなど様々な舞台にチャレンジしているボールは、私生活ではマグリとカップルで、二人の息はぴったり。コミカルな掛け合いが自然で、片手リフトなどのパートナーリングも見事に決まり、最後のグラン・パ・ド・ドゥではダイナミックな跳躍を見せています。
伸び盛りの若手ダンサーを発見できるのも、シネマシーズンならではのお楽しみです。街の人気者の闘牛士エスパーダをスタイリッシュに色気たっぷりに演じているのは、人気上昇中の若手ファースト・ソリスト、カルヴィン・リチャードソン。『くるみ割り人形』では王子を踊り、『マノン』では主役の一人デ・グリュー役を演じる予定になっているなど、次期プリンシパル有力候補です。小粋な街の踊り子役には今シーズン『くるみ割り人形』の金平糖の精役にデビューしたレティシア・ディアス。夢の場面で優雅な踊りを見せる美しいプロポーションのアネット・ブヴォリも、同じく金平糖の精の他、『シンデレラ』の仙女や『ジゼル』のミルタ役などの主要な役を経験し、次世代のスターとして注目されています。
キトリの二人の友人役には、日本出身で今シーズンはソリストに昇進し躍進が期待される前田紗江と、『ドン・キホーテ』に続くシネマシーズンの『くるみ割り人形』でクララ役を演じる若手のソフィー・アルナットが起用されています。伸びやかで小気味よい踊りの前田、愛らしいアルナットの二人は踊りも見事にシンクロしていて、作品にキュートなスパイスを加えています。ドン・キホーテの従者サンチョ・パンサ役は、これまた注目の若手のリアム・ボズウェルが初役で挑みました。
これら若手ダンサーの活躍と共に、作品を引き締めるのは、ドン・キホーテ役を演じるバレエ団を代表する名役者ギャリー・エイヴィスです。日本のKバレエ・カンパニーの創立メンバーでもあったエイヴィスは、ロイヤル・バレエに復帰後、数々のキャラクターロールで名演を重ねてきました。現在はシニア・レペティトゥールとして振付指導を行いながらも、舞台では強烈な存在感を放っています。バレエ『ドン・キホーテ』でタイトルロールは脇役として見られがちですが、エイヴィスの気品あふれる演技によって、高潔な人格を持つロマンティックな老紳士としてのキホーテのキャラクターが立ち上ってきます。
また注目したいのが、キトリに求婚する金持ちの貴族、ガマーシュをジェームズ・ヘイが演じていること。磨かれたクラシック技術を持ち、『眠れる森の美女』では王子を演じるなど貴公子役も得意とするヘイが、嫌味で少し間の抜けた貴族役をユーモラスに演じる姿が見られる、希少な機会となっています。最後にガマーシュも新しい幸せをつかむところが、アコスタの優しさを感じさせる心憎い演出です。
なお、今回のシネマで上映された公演には、英国王チャールズ3世とカミラ王妃も臨席し、彼らが客席から拍手で迎えられる場面も見ることができます。シネマシーズンで中継された公演に英国王が臨席するのは初めてのことでした。チャールズ国王はロイヤル・オペラハウスのパトロンとして支援をしており、カミラ王妃は自身も大人バレエを習っているバレエ好きとして知られています。憂鬱な気分を吹き飛ばし、ひと時の笑いと興奮と情熱に身を任せることができる至福の3時間。ロイヤル・バレエが誇るトップダンサーたちの華麗な饗宴をぜひお楽しみください。
2024.01.22
元プリンシパルで世界的なスターのカルロス・アコスタ(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ芸術監督)が2013年に振付けを担当。ガラ公演でも頻繁に上演される3幕の結婚式の華やかなパ・ド・ドゥには、32回転のグラン・フェッテ、男性ダンサーのダイナミックな跳躍など見せ場がたっぷりある一方で、2幕の夢の場面では、森の女王や妖精たち、キューピッドが登場して美しくファンタジックなクラシック・バレエの粋が味わえる。バレエを初めて観る人にとっても、明るくエネルギッシュな『ドン・キホーテ』は退屈する瞬間が全くなくてお勧めできる一作。
世界最高峰の英国ロイヤル・バレエの選りすぐったスターダンサーたちがテンポよく繰り広げるラブ・コメディと磨き抜かれた妙技の数々をぜひお楽しみください。
(上演日:2023年11月7日)
【振付】カルロス・アコスタ、マリウス・プティパ
【音楽】レオン・ミンクス
【デザイナー】ティム・ハットリ―
【照明】ヒューゴ・バンストーン
【ステージング】クリストファー・サンダース
【指揮】ワレリー・オブシャニコフ
ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団
【出演】
ドン・キホーテ:ギャリー・エイヴィス
サンチョ・パンサ:リアム・ボズウェル
ロレンツォ(キトリの父):トーマス・ホワイトヘッド
キトリ:マヤラ・マグリ
バジル:マシュー・ボール
ガマーシュ(金持ちの貴族):ジェームズ・ヘイ
エスパーダ(闘牛士):カルヴィン・リチャードソン
メルセデス(街の踊り子):レティシア・ディアス
キトリの友人:ソフィー・アルナット、前田紗江
二人の闘牛士:デヴィッド・ドネリー、ジョセフ・シセンズ
ロマのカップル:ハンナ・グレンネル、レオ・ディクソン
森の女王:アネット・ブヴォリ
アムール(キューピッド):イザベラ・ガスパリーニ
ファンダンゴのカップル:ミーシャ・ブラッドベリ、ルーカス・B・ブレンスロド