2024.02.14

バレエ『くるみ割り人形』見どころをご紹介します。

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森菜穂美(舞踊評論家)

観る人誰もを幸せにする、ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魔法

冬の風物詩として、最も愛されるバレエ作品である『くるみ割り人形』。E.T.Aホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」をもとに1892年に誕生した本作は、チャイコフスキーの切なく美しい旋律と幻想的な雪の場面や華麗な各国の踊り、クリスマスを舞台にした少女のファンタジックな成長物語が人気を呼び、様々な振付作品が誕生してきた。

<ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魅力とは>

ロイヤル・バレエで570回以上も上演され愛されてきたピーター・ライト版は、1984年に初演。ホフマンの原作に登場する、ねずみ捕りを発明家のドロッセルマイヤーが発明したため、彼の甥ハンス・ピーターがねずみの女王の呪いでくるみ割り人形に姿を変えられてしまうというエピソードがプロローグで示される。ねずみの王様をやっつけた勇敢な少女クララに愛されることで呪いが解け、ハンス・ピーターが元の姿に戻ってドロッセルマイヤーの元に帰ってくるという物語性がはっきりしていることが、大きな魅力の一つとなっている。

多くの「くるみ割り人形」では、クララ役を子役ダンサーが踊り、2幕ではお菓子の国の祝宴のお客様として座っているだけという演出が主流だ。だがロイヤル・バレエのピーター・ライト振付『くるみ割り人形』では、クララと、くるみ割り人形から元の姿になったハンス・ピーターは、雪の場面や、お菓子の国における各国の踊り、さらには花のワルツの中でもパワフルに踊って、最初から最後まで大きな存在感を見せている。各国の踊りは、時代に合わせて改訂が加えられ、ロシアや中国のダイナミックな動きは特に観客を沸かせている。

<ライジング・スターが抜擢されるクララとハンス・ピーター役、若手日本人ダンサーも活躍>

クララ役やハンス・ピーター役は、若手の有望ダンサーが抜擢されることが多く、その中にはその後プリンシパルに昇格して、最後の金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥという主役を踊ることが多い。今回金平糖の精と王子を演じる、アナ・ローズ・オサリヴァンとマルセリーノ・サンベは、2019年のシネマで劇場公開された公演でこのクララ役、ハンス・ピーター役を演じ、その後プリンシパルに昇格した。

今回、クララを演じるのは、2018年に入団して以来、頭角を現しているソフィー・アルット。清楚な可愛らしさと共に知性も感じさせ、柔らかい動きが魅力的で卓越したクラシック技術を持つ。先だってシネマ上映された『ドン・キホーテ』ではキトリの友人役として大活躍した。ハンス・ピーター役には、若手ソリストのレオ・ディクソン。シネマ上映の『ドン・キホーテ』ではワイルドなロマの首領、また別の公演ではエスパーダ役でデビューも果たした期待の星だ。少女クララの憧れを体現したようなフレッシュな好青年ぶりと輝かしいテクニックで魅せている。これからの成長が期待される〝推し“を見つけることができるのもシネマの魅力である。

主役以外でも、スタイリッシュで渋い魅力を発揮している魔術師ドロッセルマイヤーのトーマス・ホワイトヘッド、アラビアではドキュメンタリー映画『バレエ・ボーイズ』に出演したルーカス・B・ブレンツロド、薔薇の精役の愛らしい実力派イザベラ・ガスパリーニなど注目ダンサーが多く登場している。

毎回日本人ダンサーの活躍を見ることができるのを楽しみにしている人も多いはず。冒頭、鮮やかな跳躍で目を奪うドロッセルマイヤーのアシスタント役は、2013年に世界最大のバレエコンクールであるユース・アメリカ・グランプリのホープアワードを10歳で受賞した五十嵐大地が演じている。五十嵐は今シーズン、ハンス・ピーター役にも抜擢されており成長が目覚ましい。1幕では兵士、2幕ではロシアを演じた中尾太亮は今シーズンソリストに昇進し、ハンス・ピーター役を演じているホープで、美しいつま先や高い跳躍が見もの。中尾と対で踊るヴィヴァンデール(人形)、そして花のワルツのリードを踊る佐々木万璃子は、金平糖の精、そしていよいよ4月には『白鳥の湖』で待望のオデット/オディール役を演じるなど、確実にプリンシパルへと近づいており、確かな技術のみならず華やかさも身につけてきた。

<金平糖の精のパ・ド・ドゥ、この上なく美しく甘く切ない踊りの秘密>

『くるみ割り人形』のクライマックスは、金平糖の精のグラン・パ・ド・ドゥ。クラシック・バレエの中でも究極のパ・ド・ドゥと言えるこの場面は、まるで天国にいるようなバレエの美の結晶である。甘く切ない旋律が胸を締め付けるが、チャイコフスキーが『くるみ割り人形』を作曲中に最愛の妹アレクサンドラを亡くし、その悲しみがこの曲に込められているという説もある。チャイコフスキーが、他の作曲家に知られないようにパリからロシアに持ち込んだチェレスタという鍵盤楽器の音色も、天国からの響きのようだ。「金平糖が床に飛び散るような」「ケーキの上のアイシングのような」キラキラした金平糖の精のソロ、王子の超絶技巧を詰め込んだソロ、コーダの高速回転など見せ場が満載だ。今回のシネマ上映では、ダーシー・バッセルが金平糖の精役のアナ・ローズ・オサリヴァン、王子役のマルセリーノ・サンベを指導する場面も登場するが、舞台上ではいともたやすく踊られているこの踊りが、いかに高度な技術や、細かい見せ方を計算して踊られているかがよくわかる。最高のダンサーだけが踊ることができるパ・ド・ドゥだ。

<ねずみの王様は隠れた主役>

『くるみ割り人形』の原作はE.T.Aホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」というわけで、ねずみの王様も非常に重要なキャラクターとなっている。今回のシネマ上映では、デヴィッド・ドネリーが演じるねずみの王様とくるみ割り人形、クララとの戦いの場面のリハーサルシーンも楽しめる。ねずみの被り物をかぶらないで踊るとこんな感じになるのか!という発見ができる。王様らしい威厳がありながらも、お茶目さも感じさせるねずみの王様はどこか憎めなくて、子どもの観客にも人気がある。コロナ禍の際には、このねずみと兵隊たちとの戦いの場面の振付が変更され、ねずみや兵士たちを演じる子役たちが出演しない演出になっていたが、2022年より従来の版に戻した。なお、雪の場面のコール・ド・バレエ(群舞)もコロナ禍の時の16人から24人に今回から増やされており、雪が舞い児童合唱の美しい響きの中で幻想的な舞を見せてくれる。

<世界中で愛される『くるみ割り人形』の中でも、ロイヤル・バレエ版は決定版>

ロイヤル・バレエで上演されているピーター・ライト振付の『くるみ割り人形』は数ある『くるみ割り人形』の中でも、物語がしっかりしているドラマチックさ、夢と冒険がいっぱいのファンタジックさ、華やかな金平糖の精の場面で最も人気のあるプロダクションの一つである。チケットも発売と同時にすべての公演が売り切れるほどだが、本拠地ロイヤル・オペラハウスでしか上演されていない。それを日本の映画館で観ることができるのが、このシネマシーズンの魅力だ。世界最高のロイヤル・バレエのトップダンサーによる、バレエの魔法に夢見心地の2時間35分を映画館で過ごしてほしい。

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