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2023.06.13

バレエ『シンデレラ』の魅力、見どころを、を解説します

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森菜穂美氏(舞踊評論家)

<ロイヤル・バレエならではのユーモアとペーソスあふれる『シンデレラ』が新制作で登場>
母を亡くすという不幸な境遇にもめげずに明るく健気なシンデレラが、その清らかな心で幸せをつかむという『シンデレラ』の物語は、いつの時代も人々の心に灯りをともしている。ロイヤル・バレエのフレデリック・アシュトン版では、義理の姉妹を男性ダンサーが女装してユーモラスに演じることによって、滑稽さと共に、シンデレラに対する意地悪があまり深刻なものではなく、誰も悪い人が登場しないという作品の温かさを象徴させている。美しく変身したシンデレラが舞踏会に入場するところの、ガラスの靴のトウシューズでつま先立ちのまま一歩一歩階段を下りていく場面の繊細さと初々しい緊張感を見せるところは、本作屈指の名場面である。プロコフィエフの少しダークだが煌めくような華麗な旋律の音楽も印象的でドラマを盛り上げる。

<万人に愛される傑作『シンデレラ』>
巨匠フレデリック・アシュトン振付の『シンデレラ』が初演されたのは1948年、ロイヤル・バレエの前身であるサドラーズ・ウェルズ・バレエ団にて。アシュトンがロイヤル・バレエのために振り付けた初めての全幕作品だった。初演でシンデレラを演じたのは不朽の名画『赤い靴』に主演したモイラ・シアラー、義理の姉妹はアシュトン本人と、名ダンサーとして知られたロバート・ヘルプマン。この『シンデレラ』はアシュトン独特の素早い足捌きと優雅で雄弁な上半身の動きが特徴的。おとぎ話のファンタジックさ、英国らしいおおらかなユーモアと、心優しい人が報われるというハッピーエンドで多くの人に愛される名作となった。

<ローレンス・オリヴィエ賞受賞『となりのトトロ』舞台版の美術デザイナーを起用した話題の新プロダクション>
今回、初演75周年を記念して『シンデレラ』はロイヤル・バレエではおよそ10年ぶりに待望のリバイバルとなり、舞台装置や衣装も一新されての新プロダクションとなった。今回の舞台装置を手掛けたトム・パイは『となりのトトロ』のロイヤル・シェイクスピア・カンパニーによる舞台版『My Neighbor Totoro』で2023年のローレンス・オリヴィエ賞舞台デザイン賞を受賞するなど、数多くの話題作を手掛けてきた。変身シーンなどにプロジェクション・マッピングを巧みに使用し、花のモチーフを多用したデザインは高く評価された。女の子の夢を具現化したようなキラキラ輝くシンデレラのチュチュ、目が覚めるように鮮やかな四季の精の衣装など、新しいプロダクションならではの華やかさも見もの。クローズアップで衣装や美術を見ることができるのも、シネマシーズンならではのお楽しみだ。

<世界的なスーパースターのヌニェス、ムンタギロフが主演、主要な役で多くの日本出身ダンサーが活躍>
シンデレラを演じるのは、ロイヤル・バレエのみならず世界を代表するスーパースター・バレリーナであるマリアネラ・ヌニェス。持ち前の明るい笑顔と完璧なテクニックで、夢をつかむ前向きなヒロインを生き生きと演じている。王子には、ロイヤル・バレエ随一の貴公子ワディム・ムンタギロフ。まさに王子の中の王子と呼ぶべきエレガンス、華麗な技巧で魅了する。優しくシンデレラを導く仙女を気品と温かみのある演技で演じるのは、別公演ではシンデレラ役にも配役されている日本出身のプリマ金子扶生。主役を食うほどの活躍を見せる義理の姉たちは、ロイヤル・バレエを代表する名役者ギャリー・エイヴィスと、日本出身のアクリ瑠嘉が女装して抜群のユーモアで演じる。アクリの父マシモ・アクリも新国立劇場バレエ団でアシュトン版『シンデレラ』の義理の姉を演じており、親子二代でこの役を演じたことになる。さらに道化役には目覚ましい活躍を見せる若手の中尾太亮が高い跳躍や美しいつま先で鮮烈な印象を与える。四季の精のうち秋の精を、やはり日本出身の崔由姫が踊るなど、今回も多くの日本出身のダンサーが活躍を見せているのも嬉しいところだ。

世界トップクラスのスターダンサーたちによる、夢とときめきと笑いに満ちた華やかなバレエ作品。単なるおとぎ話に留まらず、ファンタジーと共にドラマと人間味にあふれたロイヤル・バレエの『シンデレラ』には、観た人誰もが幸せな気持ちになる、バレエの魔法がつまっている。ぜひ映画館の大スクリーンで楽しんでほしい。

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2023.06.12

ロイヤル・バレエ『シンデレラ』タイムテーブルのご案内

 

ローレンス・オリヴィエ賞受賞『となりのトトロ』舞台版の美術デザイナーによる新プロダクション!
世界的なスーパースターのヌニェス、ムンタギロフが主演!
日本出身ダンサーが多数活躍する大注目作!!

初演75周年を記念しておよそ10年ぶりに待望のリバイバルとなった「シンデレラ」。舞台装置や衣装も一新されての新プロダクションとなる。舞台装置を手掛けたトム・パイは『となりのトトロ』のロイヤル・シェイクスピア・カンパニーによる舞台版『My Neighbor Totoro』で2023年のローレンス・オリヴィエ賞舞台デザイン賞を受賞するなど、数多くの話題作を手掛け、本作の変身シーンなどにはプロジェクション・マッピングを巧みに使用し、花のモチーフを多用したデザインは高く評価された。
日本出身のダンサーも多数活躍をし、世界トップクラスのスターダンサーたちによる、夢とときめきと笑いに満ちた華やかなバレエ作品。
(上演日:2023年4月12日)


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【振付】:フレデリック・アシュトン
【音楽】:セルゲイ・プロコフィエフ
【舞台美術】:トム・パイ
【衣装デザイン】:アレクサンドラ・バーン
【指揮】:クン・ケッセルズ
【出演】
シンデレラ:マリアネラ・ヌニェス、
王子:ワディム・ムンタギロフ、
シンデレラの義理の姉たち:アクリ瑠嘉、ギャリー・エイヴィス
シンデレラの父:ベネット・ガートサイド、
仙女:金子扶生、
春の精:アナ=ローズ・オサリヴァン、
夏の精:メリッサ・ハミルトン
秋の精:崔由姫、
冬の精:マヤラ・マグリ、
道化:中尾太亮

2023.05.30

オペラ『トゥーランドット』を初心者でもわかりやすく解説します

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ドーリア・マンフレーディ事件と『トゥーランドット』

石川 了(ジャーナリスト)

『トゥーランドット』の作曲家ジャコモ・プッチーニにまつわるドーリア・マンフレーディ事件をご存じだろうか。

<ドーリア・マンフレーディ事件>
1903年2月、プッチーニが自動車事故を起こしたあと、プッチーニ家にメイドとして16歳のドーリア・マンフレーディが雇われた。従順な彼女はプッチーニ夫妻に可愛がられるが、プッチーニが社交好きで女好きでもあり、嫉妬深い妻エルヴィーラは夫とメイドの関係を疑い、日に日にドーリアを誹謗中傷した。エルヴィーラからの執拗ないじめに耐えられなくなったドーリアは、1909年1月に命を絶った。検視の結果、ドーリアが処女であることが判明する。マンフレーディ家はエルヴィーラを告訴。プッチーニは多額の示談金と引き換えにドーリアの家族に告訴を取り下げてもらい、ようやく事件は解決するのだった。

<事件がプッチーニに与えたもの>
まるで韓流ドラマのようなスキャンダルは、当時のイタリアのメディアを連日賑わせ、その後のプッチーニ作品にも大きな影響を及ぼした。彼の最後のオペラ『トゥーランドット』では、エルヴィーラとドーリアのキャラクターが、それぞれ氷の姫君トゥーランドットと女奴隷リューに反映されているとも言われる。
原作は18世紀ヴェネツィアの劇作家カルロ・ゴッツィによる戯曲だが、原作にリューは存在しない。しかし、プッチーニのオペラではリューの存在感は際立ち、愛する主人のために自己犠牲を厭わない女性として、美しいアリアも3曲用意されている。これは、プッチーニのドーリアに対する償いの気持ち?それとも…。ちなみに彼自身はドーリアとの関係をきっぱりと否定している。
プッチーニは「リューの死」を書き上げて、1924年11月29日に死去。未完となった『トゥーランドット』は、その後、弟子の作曲家フランコ・アルファーノが補筆して完成する。

<「誰も寝てはならぬ」の真の姿>
英国ロイヤル・オペラハウス(ROH)2022/23シネマシーズンは、オペラの入口のハードルを下げて有名オペラを鑑賞できるのが魅力だ。『トゥーランドット』は、全3幕各45分ほどの長さの中に、美しい旋律とドラマティックなオーケストラ、迫力の合唱があふれ、オペラ初心者でもまるで映画のようなエンターテイメント感覚で楽しめる。
国を恐怖に陥れる冷酷なトゥーランドット姫に一目惚れした異国の王子カラフは、彼女と結ばれるために命を賭けて三つの謎を解く。カラフを拒絶するトゥーランドットに、彼は「自分の名前を当てれば喜んで死にましょう」と逆に謎を出し、彼女は国中に「誰も寝てはならぬ」と御触れを出すのだった…。そんなトゥーランドットを想ってカラフが歌う「誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)」はフィギュアスケートでも有名だが、このアリアを劇中で接してみると、単なる旋律の美しさだけではない、何かこみあげてくるものを感じるはず。「誰も寝てはならぬ」の真の姿は、オペラの中でしか体感できないのだ。

<ロンドンはダイバーシティ>
音楽ファンには、今、欧米で活躍中の国際色豊かな歌手たちも必見だ。タイトルロールを歌うイタリア人ソプラノのアンナ・ピロッツィはイタリア、リューを歌うまだ20代の若きソプラノ、マサバネ・セシリア・ラングワナシャは南アフリカ、ティムールを歌うバス歌手ヴィタリー・コワリョフはウクライナ、そしてカラフ役のテノール、ヨンフン・リーと宰相ピンを歌うバリトン、ハンソン・ユは韓国。ロンドンのエンターテイメント界はまさにダイバーシティだ。筆者的には、しなやかな演技と美しいリリカルヴォイスで喝采を浴びていたピン役のハンソン・ユに注目している。

ドーリア・マンフレーディ事件と『トゥーランドット』。プッチーニとエルヴィーラ、そしてドーリアの、ある意味、現代にも起こり得る人間ドラマに想いを馳せながら、大迫力のスクリーンと臨場感あふれる音響空間で鑑賞する『トゥーランドット』体験。ROH音楽監督アントニオ・パッパーノが導く圧巻の音楽絵巻を堪能したい。

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2023.05.29

ロイヤル・オペラ『トゥーランドット』タイムテーブルのご案内


 

プッチーニの最後のオペラ《トゥーランドット》が、
英国ロイヤルの傑作プロダクションと名匠パッパーノの指揮で蘇る!

プッチーニ最後の作品であり、おとぎ話に隠された残酷さや真理、オーケストラのモダンな響きが現代人の感性にマッチする魅力を感じさせる『トゥーランドット』。本作といえば有名なのがテノールのアリア「誰も寝てはならぬ」。今回は韓国出身のヨンフン・リーが情熱的な歌唱でカラフ役を演じている。題名役のトゥーランドットを歌うのはアンナ・ピロッツィ。圧倒的なテクニックと声の威力、そして細やかな演技で、氷のような姫君を見事に浮き彫りにした。
アンドレイ・セルバンの演出は、1984年の初演から英国ロイヤルの傑作プロダクションとして長く愛されてきた名舞台。指揮は英国ロイヤルを音楽監督として長年率いてきたパッパーノが務め、その研ぎ澄まされた感性で音の細部まで表現し、現代的なアプローチで作品の魅力を引き出した演奏は大絶賛された。
(上演日:2023年3月22日)


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【指揮】:アントニオ・パッパーノ
【演出】:アンドレイ・セルバン
【再演演出】:ジャック・ファーネス
【美術・衣裳】:サリー・ジェイコブス
【照明】:F・ミッチェル・ダナ
【キャスト】
トゥーランドット姫:アンナ・ピロッツィ、
カラフ:ヨンフン・リー、
リュー:マサバネ・セシリア・ラングワナシャ、
ティムール:ヴィタリー・コワリョフ、
ピン:ハンソン・ユ、
パン:アレッド・ホール、
ポン:マイケル・ギブソン、
アルトゥム皇帝:アレクサンダー・クラベッツ、
官吏:ブレイズ・マラバ

2023.05.15

ロイヤル・オペラ『セビリアの理髪師』タイムテーブルのご案内


 

ワクワク、ドキドキ、楽しさに胸おどる!
ロッシーニの傑作をカラフルな舞台と躍動感あふれる演奏で堪能する。

ロッシーニのオペラの中でも、世界中のオペラハウスで上演され続けている最高傑作といえば《セビリアの理髪師》。今回の演出はライザー&コーリエが2005年に英国ロイヤル・オペラで手がけ、その後も再演を重ねている人気プロダクション。美しい色彩で、面白い仕掛けが一杯の大団円まであっという間の、一瞬たりとも見逃せない舞台となっている。
(上演日:2023年2月15日)


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【音楽】:ジョアキーノ・ロッシーニ
【台本】:チェーザレ・ステルビーニ (原作:ボーマルシェによる戯曲「セビーリャの理髪師」)
【指揮】:ラファエル・パヤーレ
【演出】:モッシュ・ライザー、パトリス・コーリエ
【美術】:クリスティアン・フェヌイヤ
【衣裳】:アゴスティーノ・カヴァルカ
【照明】:クリストフ・フォレ
ロイヤル・オペラ合唱団(合唱指揮:ウィリアム・スポールディング)
ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団(ゲスト・コンサートマスター:ベンジャミン・マーキス・ギルモア)
フォルテピアノ:マーク・パックウッド
【出演】
ロジーナ:アイグル・アクメチーナ
フィガロ:アンドレイ・フィロンチク
アルマヴィーヴァ伯爵:ローレンス・ブラウンリー
ドン・バジーリオ:ブリン・ターフェル
バルトロ:グラント・ドイル(歌)/ファビオ・カピタヌッチ(演技)
ベルタ:エイリッシュ・タイナン
アンブロージオ:チャーベル・マター
隊長:ダヴィッド・キンバーグ
公証人:アンドリュー・マックネイル

2023.05.09

オペラ『セビリアの理髪師』を初心者でもわかりやすく解説します

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家田 淳(演出家・翻訳家、洗足学園音楽大学准教授)

大躍進中のメゾソプラノ、アイグル・アクメチーナを今観ておきたい!

 ロイヤル・オペラ・ハウス(以下ROH)「セビリアの理髪師」(モッシュ・ライザー、パトリス・コーリエ演出)は、絵本のようなファンタジックな世界。カラフルな衣裳は18世紀と現代のデザイナーテイストのミックスで、フィガロのいでたちはスーパーマリオのよう。演技達者な歌手達によるハッピーなコメディを存分に楽しめる舞台である。

 2005年初演のプロダクションでもう5回目の再演になるが、今回はオリジナル演出家が実際に稽古をつけ、内容をブラッシュアップしている。歌手の演技もディテールが刷新されてフレッシュさを感じられる。

 今回の再演で大注目なのが、ロシア出身のメゾソプラノ、アイグル・アクメチーナ。まだ20代後半の若さで現在、世界中の歌劇場を席巻し「新生ネトレプコ」とも称される次世代のスターである。
 アクメチーナは若干19歳でROHの養成機関ジェットパーカー・ヤングアーティスツ・プログラムに入所した。そして期待通りに羽ばたき、2019年に同歌劇場でバリー・コスキー演出「カルメン」でタイトルロールを演じたほか、今後もメトやバイエルン歌劇場で「カルメン」タイトルロール、ROHで「ウェルテル」シャルロットなど大舞台での主演が目白押しである。実は日本でも2020年、新国立劇場「こうもり」オルロフスキー役で登場している。
 「セビリアの理髪師」ロジーナも持ち役の一つ。アリア”Una voce poco fa(今の歌声は)”ではヴェルヴェットのような声とアジリタの確かさに加え、妖艶な炎で一瞬にして独自の世界に引き込む。キュートなルックスに、毒をもつ妖しさ。目が離せないヒロインなのだ。

 ROHのジェットパーカー・ヤング・アーツプログラムについて少し。このプログラムは世界で最も権威あるオペラ養成機関の一つで、国籍は問わないため世界各国から毎年多数の応募があるが、入所できるのは1年に歌手5名、ピアニスト1名、指揮者1名、演出家1名のみ。ある程度プロとしての実績を持つ20代後半から30代前半の人がほとんどで、アクメチーナの19歳での入所は異例中の異例。当時からそれだけずば抜けた才能を見せていたのだろう。
筆者は2014年にこちらのプログラムで半年間研修する機会に恵まれ、演技や語学のレッスンに一緒に参加しながら、若い彼らが学ぶ様子をつぶさに見ることができた。
在籍する歌手は、歌や演技、各国語のレッスンを日々受けながら、ROH本公演における主要な役のカバーを務める。本役の歌手が降板するといきなり主役デビューができるという、大きなチャンスに恵まれる。私が滞在していた半年ほどの間にも、数名が実際に主役デビューを飾り、大手新聞の評で賞賛されていた。

 今回の「セビリア」でもう一人の注目は、音楽教師バジリオ役のブリン・ターフェル。今回、ターフェルはバジリオのロールデビューをしているのだ。
言わずと知れた大スターで、普段はオランダ人、ヴォータン、ファルスタッフ、ミュージカルではスウィーニー・トッドなど主役・準主役を歌う歌手でありながら、今さら脇役バジリオにわざわざ挑戦するのは、シリアスもコミカルもこなす演技派ターフェルならではの遊び心であろう。実際、アリア”La calunnia è un venticello(悪口はそよ風のように)”では雇い主バルトロ役の歌手を完全に食ってしまう怪演を見せつつ、全員で呼吸を合わせなければならない1幕フィナーレのようなシーンでは、しっかりアンサンブルの一員に徹している。若い頃は「フィガロの結婚」のほうのフィガロを当たり役としていたが、同じストーリーにおいて今度はフィガロの敵役ペテン師を演じるのも楽しんでいるに違いない。やつれ風情の気持ち悪いロングヘアは本人も気に入ったらしく、公演初日に「こんな音楽教師に教わるのは嫌だろうなあ」というおどけたコメントとともに、ツイッターに自撮りをアップしている。
今年4月には東京・春・音楽祭でソロリサイタル、そして「トスカ」(演奏会形式)にスカルピアで登場し、圧巻のパフォーマンスで喝采を浴びていた。彼が現れた途端、何のセットもないコンサートホールも劇場空間に変身するのである。

 ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマでは7月に「セビリアの理髪師」の後日譚である「フィガロの結婚」も上演が予定されている。2本とも観て、ストーリーと人物たちのつながりを楽しむのもお勧めしたい。

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2023.03.20

バレエ『赤い薔薇ソースの伝説』の魅力、見どころを、を解説します

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森菜穂美(舞踊評論家)

魅惑の愛と官能と食べ物の大河ロマン『赤い薔薇ソースの伝説』

大ヒットしたメキシコ映画が『不思議の国のアリス』の名手たちに料理され、英国ロイヤル・バレエの舞台作品に

1992年に日本でもミニシアターで公開されてヒットしたメキシコ映画『赤い薔薇ソースの伝説』を観た方はいるだろうか。禁じられた愛が生み出す官能と食べ物が結びついて、やがてありえないような驚愕の出来事が次々と起きる”マジック・リアリズム“のぶっ飛んだ描写が話題を呼んだ色彩豊かな傑作で、ゴールデングローブ賞の外国語映画賞にノミネートされ、東京国際映画祭では主演女優賞を受賞した。

原題は「Como agua para chocolate」。ラテンアメリカでは、ホットチョコレート(ココア)を作る時にミルクの代わりにお湯にチョコレートを溶かして作るのだが。この「チョコレートのための水」という言葉がメキシコでは「情熱」「激怒」「情愛による官能」という意味があり、原作者のラウラ・エスキヴェルがこの言葉に触発されて小説を書いたという。

ロイヤル・バレエで初演されて大ヒットし、世界中のバレエ団で上演された『不思議の国のアリス』。この傑作バレエを創作した振付家クリストファー・ウィールドン(『パリのアメリカ人』『MJ:ザ・ミュージカル』でトニー賞受賞)、作曲家ジョビー・タルボット、そして美術のボブ・クロウリーのクリエイティブ・チームが『冬物語』に続き、最新作『赤い薔薇ソースの伝説』で結集した。ロイヤル・バレエでの初演は大評判を呼び、今年4月にはアメリカン・バレエ・シアターでも上演される予定だ。

バレエ版ならではのスペクタクルと華麗なダンスが織りなす情熱の大河ドラマ

元となった映画も大胆な展開と演出なのだが、今回のバレエ版は、映画の世界観を尊重しながらも、舞台芸術ならではのスケールの大きなスペクタクル作品に仕上がった。音楽はメキシコ生まれでメキシコ観光大使を務め、ドミンゴに絶賛されるなど今大注目を集めている女性指揮者アロンドラ・デ・ラ・パーラが監修し指揮をした。メキシコの民族楽器を駆使した民族音楽を思わせる魅惑的なスコア、乾いた光と色彩が豊かで文様などメキシコ文化を取り入れたクリエイティブな舞台美術、ミュージカルのように華やかでダイナミックなダンスシーン、極めつけはティタとペドロによる官能的でパッション溢れるデュエットと、物語バレエ作品の魅力がぎゅっと詰まっている。彼らの30年にわたる愛の軌跡が、ドラマチックに、そして文字通り燃え上がるような情熱をこめて料理されている。

禁じられた愛が料理にこめられ、そして不思議な奇跡が起きる!

毒母ママ・エレナに恋人ペドロとの結婚を禁じられたティタは、報われない想いを得意の料理に込める。ティタの料理は、それを食べた人に、時には過去の悲しい恋愛を思い出させ、時には内に秘めた官能に火をつけてとんでもないことが起こる。末娘が幸せになることが許せないママ・エレナは死してなおも、巨大化した亡霊となって彼女を悩ませる。これらの“マジック・リアリズム”的な描写が、名手ウィールドンの巧みな手腕によりバレエでドラマチックに表現されるところが大きな見どころである。

『キャッツ』のヒロイン、フランチェスカ・ヘイワード始めロイヤル・バレエの煌めくプリンシパルたちが演じるドラマ

ロイヤル・バレエのダンサーたちは、踊りだけでなくて演技者としてもトップレベルだ。家族のしきたりと毒母によって悲惨な運命を与えられた、料理上手のヒロインには、映画『キャッツ』で白猫ヴィクトリアを好演し、映画版『ロミオとジュリエット』でもジュリエットを初々しく演じた愛らしいフランチェスカ・ヘイワード。過酷な運命と戦い、30年にもわたる愛を貫く一途さと強さをピュアに情熱的に演じている。ペドロには、しなやかな身体能力に恵まれたチャーミングなマルセリーノ・サンベ。幼馴染として子どもの頃に出会い、愛し合っていたのに残酷な宿命で引き裂かれ、様々な出来事を経ててもなお、熱く愛し合い続けてついに結ばれるまでの強い想いを、二人ともダンスを通じて繊細に表現して物語に観客を引きこむ。

死んでも亡霊となってティタを悩ませる強権的な、しかし秘密を抱えたママ・エレナを演じるのは、ロイヤル・バレエきっての演技派で、今シーズン末に惜しまれて引退するラウラ・モレ―ラ。このほかティタを優しく見守り愛する医師ジョン役にはマシュー・ボーンの『白鳥の湖』で主役である男性の白鳥を演じたマシュー・ボール、眼鏡姿の誠実な男性という今までにない役柄に挑戦した。ペドロと結婚するもののティタに激しく嫉妬して苦しむ長姉ロサウラにマヤラ・マグリ、ティタの料理で官能に火をつけられて妖艶に踊り狂い革命戦士となる次姉ゲルトゥルーディスにミーガン・グレース・ヒンキス、そして馬に乗ってゲルトゥルーディスを連れ去っていくワイルドな革命戦士ホアンには、華麗な超絶技巧で場を支配するセザール・コラレス。6人のプリンシパルが主要な役を演じる贅沢なキャスティングだ。

バレエ作品がこんなにも燃え上がるようにセクシーでドラマチックかつ奇想天外なんて!と観た者まで思わず情熱的な気持ちに火がついてしまう、わくわくさせて魅惑的な逸品が『赤い薔薇ソースの伝説』。魔術的で官能的な世界をぜひ大スクリーンで楽しんでほしい。

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2023.03.20

ロイヤル・バレエ『赤い薔薇ソースの伝説』タイムテーブルのご案内




日本でも公開され大ヒットした、メキシコ映画『赤い薔薇ソースの伝説』が、
ロイヤル・バレエの新作として初登場!!
新しい物語バレエの傑作として批評家たちから大絶賛!

ラウラ・エスキヴェルのベストセラー小説を原作に、92年にはゴールデングローブ賞の外国語映画賞にノミネートされ、日本でもミニシアターで公開されてヒットした『赤い薔薇ソースの伝説』。名匠クリストファー・ウィールドンが、『アリス』や『冬物語』のクリエイティブ・チームと組んで生み出した新作は、メキシコを舞台にした禁断の愛と官能、そして料理についての物語。

ティタを演じるのは、映画『キャッツ』や『ロミオとジュリエット』に主演した新星フランチェスカ・ヘイワード。ティタを愛するが彼女の姉と結婚するペドロには、見事な超絶技巧を見せるマルセリーノ・サンベ。ロイヤル・バレエを代表するプリンシパルたちの競演、メキシコ色豊かな音楽、メキシコの大地や建築、民俗性を再現した光あふれる舞台美術など、原作や映画の世界観を体現しながらも、英国バレエ伝統のドラマ性を加え、さらに舞踊芸術ならではの豊潤で生き生きとした舞台は、英米の批評家たちにも絶賛された。ドラマティックでセクシー、情熱的で魔術的な魅惑の2時間半に、観た人誰もが魅了される。
(2022年6月9日上演)


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ラウラ・エスキヴェルの小説に基づく
【振付】:クリストファー・ウィールドン
【台本】:クリストファー・ウィールドン、ジョビー・タルボット
【音楽】:ジョビー・タルボット
【舞台美術】:ボブ・クロウリー
【照明デザイン】:ナターシャ・カッツ
【映像デザイン】 ルーク・ホールズ
【衣装デザイン】:リネット・マウロ
【指揮&音楽コンサルタント】:アロンドラ・デ・ラ・パーラ

2023.03.01

バレエ『くるみ割り人形』延長上映決定!

英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン
『くるみ割り人形』延長上映決定!

大好評につき、TOHOシネマズ 日本橋にて延長上映が決定致しました!

~3/9(木)まで

3年ぶりに復活したピーター・ライト版の『くるみ割り人形』。
“金平糖の精”役に金子扶生、“クララ”役は前田紗江が演じ、その他にも日本人が多数出演!
ドラマティックな夢の世界をぜひ堪能ください。

★上映スケジュールは劇場HPをご覧ください
https://hlo.tohotheater.jp/net/schedule/073/TNPI2000J01.do

2023.02.22

バレエ『くるみ割り人形』の魅力、見どころを、を解説します

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森菜穂美(舞踊評論家)

冬の風物詩として、最も愛されるバレエ作品である『くるみ割り人形』。E.T.Aホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」をもとに1892年に誕生した本作は、チャイコフスキーの切なく美しい旋律と幻想的な雪の場面や華麗なディヴェルティスマン、クリスマスを舞台にした少女のファンタジックな成長物語が人気を呼び、様々な振付作品が誕生してきた。

<ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魅力とは>

ロイヤル・バレエで上演されているピーター・ライト版は、1984年に初演。ホフマンの原作に登場する、ねずみ捕りを発明家のドロッセルマイヤーが発明したため、彼の甥ハンス・ピーターがねずみの女王の呪いでくるみ割り人形に姿を変えられてしまうというエピソードがプロローグで示される。クララに愛されることで呪いが解け、ハンス・ピーターが元の姿に戻ってドロッセルマイヤーの元に帰ってくるという物語性がはっきりしていることが、大きな魅力の一つとなっている。

ロイヤル・バレエではこの『くるみ割り人形』は初演以来550回も上演されており、この『くるみ割り人形』なしではクリスマスは迎えられない、とチケットもすぐにソールドアウトになる、バレエ団きっての人気演目である。ロイヤル・バレエならではの演劇性とハッピーエンド、大きくなるクリスマスツリーのドラマチックな演出、女の子の夢を具現化したような、甘く豪華絢爛なお菓子の国と金平糖の精の華麗な踊りが観客を幸福感で包む。子どもから大人まで誰もが夢と冒険の世界でワクワクできることが人気の秘訣だ。

<フルバージョンの『くるみ割り人形』が3年ぶりに帰ってきた!>

ロイヤル・バレエの『くるみ割り人形』も、2020年の世界的なパンデミックで試練を迎えた。同年12月に、ねずみと兵隊の戦いの場面に新振付を導入して大人のダンサーが踊り、子役の出演者を減らすなど一部演出を変更して上演されたものの、感染状況の悪化のためわずか4公演の上演で中止となってしまった。2021年の12月には、引き続きこのパンデミック対応版が上演されたが、コロナ禍で沈んでいたロンドン市民に、舞台芸術の美しさと興奮をもたらした。そしてついに今回の2022年上演では、パンデミック以前の、愛らしい子役たちがパーティーシーンや戦いの場面で舞台を駆け回る、にぎやかでハッピーな『くるみ割り人形』が帰ってきた!

<プリマ・バレリーナの輝き、金子扶生とニューヒロイン、前田紗江>

今回のシネマ上映で、主役の金平糖の精を演じるのは金子扶生。登場場面は短いけれども、10数分の中で圧倒的な輝きを見せてクララの夢を体現する役だ。難しい技術を用いながらもそれを感じさせず、砂糖菓子のように甘美に、優雅に舞う。今回は往年の大スター、ダーシー・バッセルに指導を受け、エレガントな中にもダイナミックでスピード感も感じさせる華やかさと豊かな音楽性を見せた。大阪出身の金子は、大怪我のため踊れない時期を経て復活し花開いた。2019年にやはり映画館に中継された『眠れる森の美女』で鮮烈な印象を残し、2021年にプリンシパルに昇進。今年のお正月にはイタリアの国民的スター、ロベルト・ボッレとイタリア国営放送のテレビ番組で共演するなど、今やロイヤル・バレエを代表するスターとなった。すらりとした長身に長い手足で舞台映えする華やかな容姿に加え、クラシック・バレエの技術の高さに定評がある。さらに最近では『うたかたの恋―マイヤリング』でマリー・ラリッシュ伯爵夫人役、『赤い薔薇ソースの伝説』ではママ・エレナ役など演技力を要求される難役でも高く評価されている。

金平糖の精は、なんといっても日本の誇る世界の至宝、吉田都がロイヤル・バレエ時代に得意としていた役であり、3回もDVDに収録されたほどである。金子はこの吉田の金平糖の精に憧れ、何百回もこの映像を観たとのことだが、これからは、世界のバレエ少女たちは金子の金平糖の精に憧れるに違いない。

一方、『くるみ割り人形』の物語上のヒロイン、少女クララ役を演じているのは横浜出身の前田紗江。2014年にローザンヌ国際バレエコンクールで2位に輝き、2018年にロイヤル・バレエに正団員として入団した。『白鳥の湖』ではジークフリート王子の妹、『眠れる森の美女』ではフロリナ王女など主要な役への抜擢が続き、クララ役には2021年にデビュー。伸びやかな表現と正確な技術、明るい笑顔がチャーミングだ。クララ役は未来のスターが演じることが多い役で、現在プリンシパルとして活躍するフランチェスカ・ヘイワード、アナ=ローズ・オサリヴァンらも演じてきた。この版では最初から最後までずっと舞台に出ずっぱりのハードな役である。まだ20代前半の前田のこれからの活躍に期待したい。

<日本人ダンサーの活躍、ほかにも注目の若手スターがたくさん!>

金子、前田のほかにも、別公演で金平糖の精役に抜擢された佐々木万璃子が今回は花のワルツのソリスト役を踊った。若手の中尾太亮が1幕でドロッセルマイヤーの助手役、2幕ではダイナミックな跳躍など超絶技巧を見せる中国の踊りを踊っている。金子のパートナーとして金平糖の精の王子役を踊るのは、映画版『ロミオとジュリエット』でロミオ役を踊り、注目されている貴公子ウィリアム・ブレイスウェル。またくるみ割り人形/ハンス・ピーター役には、次期プリンシパル最有力候補でアフリカ系のジョセフ・シセンズ。ドキュメンタリー映画『バレエ・ボーイズ』に出演したルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロドがセクシーなアラビアの踊りで成長した姿を見せるなど、ロイヤル・バレエの魅力的なダンサーが多数出演し、お楽しみがいっぱいの『くるみ割り人形』、お見逃しなく。

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