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2025.09.17

「トゥー・オブ・アス(ふたり)」よりカルヴィン・リチャードソンさん特別インタビュー

インタビュー

ロイヤル・バレエ&オペラシネマシーズンのラストを飾る「バレエ・トゥ・ブロードウェイ」での中の『トゥー・オブ・アス(ふたり)』でローレン・カスバートソンと踊る若手プリンシパルのカルヴィン・リチャードソン。ジョニ・ミッチェルの名曲と共にロマンティックに、軽やかでどこか切なさも込めて踊る彼の姿に魅了される人は多いはず。
昨年プリンシパルに昇格。『ロミオとジュリエット』のロミオ、『マノン』のデ・グリュー、『シンデレラ』の王子と義理の姉妹、『アリス』のジャックとマッドハッター、さらにクリスタル・パイト振付作品など、王子様からコミカルな役まで幅広くこなすカルヴィンにお話を伺いました。


(c) Andrej Uspenski

 

僕が踊るうえで一番大事にしているのは、パートナーが僕と安心して踊れること。

―日本のファンは、カルヴィンさんが昨年プリンシパルに昇進されてとても喜んでいます。プリンシパル一年目はいかがでしたか?
まるでジェットコースターのようで、様々な感情が嵐のように襲ってきました。このような役割を与えられるのはとてもエキサイティングなことです。ダンスの観点からの僕の世界を開いてくれました。今までと違ってシーズンの間中主役ばかり踊ることになったのですから、僕のダンサー人生の中で多くの変化があり大きな飛躍でした。先シーズンはこの役割、この仕事が何なのかを理解することに注意を払っていました。すべてが違ってきたので、まるで一からやり直しているような感じです。新しい目でこの仕事を見て、今までの道のりや、自分自身の芸術性をもう一度見直してみたのです。このプロセスを通して僕は多くのことを学ぶことができました。ロイヤル・バレエの素晴らしいアーティストたちと仕事をすることができてとても幸運だと感じています。僕が踊るうえで一番大事にしているのは、パートナーが安心して踊ることができるようにすること、コーチや観客も舞台を動かし物語を語っている僕を見て安心してくださることです。僕たちには素晴らしい観客の皆さんが付いていてくれて、何回も劇場に通い、カンパニーのダンサーが成長して行くのを見守ってくださっていて、それはロイヤル・バレエが特別な存在である理由の一つです。この役割を引き受けることでワクワクしました。もちろん、怖いと感じてもいました。突然、人々が僕を見る眼が変わってしまったし注目も浴びることになりました。大きな挑戦でもあるし怖さもある。でもやっぱり僕は幸運に恵まれたのだと思います。

 

ウィールドンの、記憶の中にズームインして、ズームアウトしていくような創造性が大好き

―『トゥー・オブ・アス(ふたり)』にキャスティングされてどう感じましたか?
この作品の映像を見せてもらい、ゼナイダ・ヤノウスキーと、この作品を過去に踊ったロビー・フェアチャイルドが指導してくれました。このチームは仕事をするうえで素晴らしい人々であり、またインスピレーションも与えてくださったのです。映像を観たときの第一印象は、僕の役を踊っていたのがデヴィッド・ホールバーグだったことです。僕はあのデヴィッドの代わりに踊らないといけないということで大変な試練でした。でもこの作品はとても美しいですし、ジョニ・ミッチェルの素晴らしい音楽を聴くことで安心感がありました。彼女の音楽を聴いて、僕はこの音楽を踊ることができるのは幸せだと感じたのです。クリストファー・ウィールドンの振り付けた作品をローレン(カスバートソン)とのデュエットで踊るということだけでもエキサイティングなのに、それがジョニ・ミッチェルの音楽を使った作品だということで、さらにワクワクしたのです。彼女の音楽は、僕の心に訴えかけてくれます。

―映画のインタビューで、あなたとローレンはこの作品の意味を探し求めていると語っていらっしゃいましたね。この作品の上演が終わった今、答えは見つかりましたか?
答えは見つかりませんでしたが、逆に質問が増えました!でもそこがこの作品の素敵なところです。言葉にならないことをこの作品はダンスで語っているのだと思います。僕たちはそれぞれ異なった解釈をしていたところがあって、そこもこの作品の美しさ、生の舞台を観ることの美しさだと思うのです。クリス・ウィールドンの、記憶の中にズームインして、ズームアウトしていくような創造性が本当に好きだと感じました。一つの動きのシークエンスを行って、それを逆回しにするような感じです。まるでテープをリワインドしているような。僕は何かを見ていて、それを別のものに反映させているようなイメージを受けました。ジョニ・ミッチェルの音楽の最後の曲、素晴らしい歌にその印象を受けるのです。それが答えかもしれません。

―あなたとローレンは共に人生の一つの時を見ていたと映画のインタビューでお話されていましたね。それはどんな季節でしたか?
僕はローレンとはまた違ったものを見つけています。ローレンが踊ったパートの曲は四季の順番通りになっていて、彼女のソロでは、歌詞にあるように夏の日や花々について踊っています。僕のところは紅葉や冬についてなので、それぞれのイメージは違いますね。いずれにしても、とても美しい季節だと感じています。

―出演したパフォーマンスが中継されたり、映画館用に収録されたりしたときには、いつもと違った気持ちになりますか?
やはり違いますね。毎回収録されるとき、公演前には「いつもの舞台と同じように演じるよ、緊張しちゃダメ」と思うのですが、楽屋にあるテレビモニターを見ると、インタビューされている人たちの姿を見つけてしまい、気分が変わります。エネルギーが加わるのですね。もちろんプレッシャーがあるのですが、でもエキサイティングなことでもあります。他のダンサーたちもそうだと思いますが、世界中の映画館にいる人々がこれを観るのだと意識すると、さらに興奮が高まるのです。楽しいですよ。
この『トゥー・オブ・アス(ふたり)』の中継された公演では、もちろんダンス作品の中の二人なのですが、二人の人間同士だと感じながら踊りました。このキャラクターを演じているということではなくて自分自身でいられたような気持ちです。だから映画館の中継のためにこの作品を踊ったのはとても面白い経験でした。

―舞台上にオーケストラがいて、ジュリア・フォーダムも歌っていましたからね。
それもまた素晴らしい体験でした。いつもと完全に違った空気だったのです。幕が下りていて、オーケストラやジュリアや指揮者のクン(・ケッセルズ)を見るちょっとした瞬間もとても素敵なもので、特別な何かを加えてくれたのです。僕たちは一緒に舞台を分かち合っているという感覚が特別に感じられました。

 

クラシック・バレエの素晴らしさは、現代の視点から自分と関連付けられる部分を見つけられること

―近年、そしてプリンシパルになってあなたは様々な役を演じてこられました。ロミオや『マノン』のデ・グリュー、『オネーギン』のレンスキー、『夏の夜の夢』のオベロン、そしてもちろん『不思議の国のアリス』のマッドハッターも踊られました。あなた自身に近い役というのはありますか?
やはりロミオ役は、他のダンサーもそう感じていると思うのですが、個人的に特別な役だと感じました。全幕作品の主役として初めて踊った役なのです。僕は初めてのロミオ役をマヤラ・マグリと踊ったのですが、学生の時にローザンヌ国際バレエコンクールの映像で彼女を見ていたことを思いだして、一つの輪が完結したような感慨を得ました。あの素晴らしいマヤラと、ロイヤル・オペラハウスの舞台で『ロミオとジュリエット』を踊ることになるなんて、あの時の僕に言って聞かせたいです。
あと、クラシック・バレエの作品ではないのですが、クリスタル・パイト振付の『The Statement』を踊ったのも特別な経験でした。この作品を踊るのが夢で、夢が現実になったのです。この作品の振付を通して、僕の踊りのボキャブラリーを見せることができるし、とてもクールなキャラクターを演じることができました。僕たちを指導してくれたスペンサー・ディックハウスがこの作品を演じているところも観たので、この作品を踊ることができたのが本当に嬉しかったのです。
これらの役が僕個人と似ているかどうかはわかりません。でも、自分と関連付けられる部分はあります。クラシック・バレエの素晴らしいところは、現代とは違う時代に作られているけれども、現代の視点から自分と関連付けられる部分を見つけられることです。今日の観点から新しい意味を見つけ、物語を語り直すことによって、バレエは現代においても息づいているのです。

―今年の2月には『オネーギン』の詩人レンスキー役でカルヴィンさんの演技を観ることができました。いろんなダンサーがこの役を演じるのを観ましたが、カルヴィンさんの悲劇的で美しくひたむきなパフォーマンスがとても心に残りました。
レンスキー役も、いつか演じたいと長年思っていた夢の役でした。プリンシパルに昇格してこの役を演じることができて嬉しかったです。本当はもう少し経験を積んでから演じるべき役だったかもしれませんが、今の時点の僕の人生経験の中で演じられたのは幸運でした。この役も演じるにあたってプレッシャーがかかる役です。上手く踊ることはもちろんですが、誠実に演じることが大切な役です。レンスキーの物語を踊りと演技を通して語る、この素晴らしい役にふさわしい演技をしたいと思っていたから、多くのお客様が僕の演技が琴線に触れたと言ってくれたことは感動的でした。

 

今シーズンは、高田茜、佐々木万璃子の二人の素晴らしい日本人バレリーナと共演します

―カルヴィンさんは、新しいシーズンに初めて演じる大きな役も決まっていますね。例えば『リーズの結婚』のコーラスや、『ジゼル』のアルブレヒトを踊ることになっています。ほかにも踊りたいと思っている役はありますか?
もちろんアルブレヒトは踊りたいと夢見てきた役です。『リーズの結婚』のコーラスも、ロイヤル・バレエでずっと愛されてきた作品で、とても心温まる美しい作品ですし、パントマイムが難しいバレエでもあります。もちろん今まで踊ったロミオや『マノン』のデ・グリューも夢見てきた役です。僕にとってはドラマチックな役がそうなので、これから踊りたいのは『マイヤリング』のルドルフ役ですね。でも、『シンデレラ』で王子を演じたのですが、同時に(女装する)義理の姉妹役も演じていて、それはとっても楽しかったのです。ロイヤル・オペラハウスの舞台で主役を踊る時のものすごいプレッシャーから解放される楽しさもあります。義理の姉妹や、『ドン・キホーテ』のガマーシュのような役を演じる機会があるのはとてもいいですね。『眠れる森の美女』のカラボスも演じたいです。このカンパニーの歴史の中で、偉大なダンサーたちがこれらの役を演じてきましたし、僕も自分の境界線を破るような役を体験したいと思っています。このような役を演じるのはエキサイティングですね。

―今シーズン、「ジゼル」では佐々木万璃子さん、「リーズの結婚」では高田茜さんと共演される予定ですね。
そう、二人の素晴らしい日本人バレリーナと共演する予定です。茜さんとは今までも踊ってきましたが素晴らしい経験だったし、万璃子さんとはまだ踊ったことがないので、とても楽しみにしています。茜さんは皆さんもご存じの通り、スーパースターですし、一緒に踊って楽しかったです。彼女とは、オーストラリアのクイーンズランド・バレエ団へのゲスト出演で『ロミオとジュリエット』を踊り、またコロナ禍明けにガラ公演で『マノン』の寝室の場面を一緒に踊り、最近また韓国でのガラ公演でも踊りました。『ロミオとジュリエット』は特に、僕の故国であるオーストラリアで初めて全幕作品で主演したので、そこで茜さんと踊ることができたことも特別な経験になりました。僕の家族や友達も大勢観に来てくれたのです。みんな集まって大騒ぎになりました!

 

日本のアニメの大ファンです!『千と千尋の神隠し』から『ダンダダン』『怪獣8号』『鬼滅の刃』まで。

―休みの日はどのように過ごしていますか?
活動ということではないのですが、実は僕は日本のアニメのファンなのです。アニメを見て育ちました。最初の体験は『千と千尋の神隠し』です。その時僕は夜中に台所で観ていて、とても怖いと感じましたが同時に大好きになりました。それ以来日本のアニメに夢中になったのです。オーストラリアで育ったのですが、地理的に日本から遠くないということもあり、学校で日本語を習いましたし、交換留学生がいたので日本の文化に親しみがありました。母も学生時代に交換留学で日本に行ったのです。だから日本にはいつもつながりを感じていました。リラックスする時にはアニメを今も観ています。この仕事は緊張することが多く、息抜きすることもとても大事なので、美術や陶芸も学んでみています。ロンドンのいいところは、いろんな催しが行われていることで、ナショナル・ポートレート・ギャラリーでジェニー・サヴィルの素晴らしい展覧会に行きましたし、キューガーデンズのような場所もあります。それからロンドンの中心部から出て森の中に行ってリラックスします。でも新しい活動は常にやってみたいと思っています!それは美術の教室かもしれませんし、ダーツやビリヤードかもしれません。

―好きなアニメ作品の名前を教えてください。
沢山あって挙げきれないくらいです。『ダンダダン』が今一番気に入っていますね。それから最近では『怪獣8号』。『鬼滅の刃』も好きで、映画を観に行くつもりです。

 

日本の皆様からの応援は、アーティストである僕たちにとっては大きな意味があります!

―あなたの踊りを映画館で、そして舞台で観ることを楽しみにしている日本のファンにぜひメッセージをお願いします。
僕たちを見に来てくれる日本のファンの皆様に心を込めてお礼を言いたいです。僕個人もですがロイヤル・バレエのメンバーは日本の観客の皆様とは特別な絆で結ばれていて、何回も踊る機会に恵まれています。観客の皆様から受け取る反響は本当に素晴らしくて、この何年もの間に何回も来てくれて顔なじみになるお客様もいます。公演が終わって楽屋口から出ると、多くのファンがプレゼントを持って、挨拶しに待ってくれていて嬉しいですし、観客の皆様と美しい関係を構築できていると思います。映画館で上映されるパフォーマンスを楽しんでもらえたらいいと思うと共に、また皆さんのために踊ることを楽しみにしています。皆様からの応援は、アーティストである僕たちにとってはとても大きな意味があるのです。

2025.09.17

ロイヤル・バレエ『バレエ・トゥ・ブロードウェイ』見どころをご紹介します

コラム

森菜穂美(舞踊評論家)

世界中でヒットした『不思議の国のアリス』や、トニー賞を受賞し劇団四季でも上演されたミュージカル『パリのアメリカ人』で知られる、現代最高の振付家クリストファー・ウィールドン。「バレエ・トゥ・ブロードウェイ」は、彼が生み出したバラエティに富んで美しい4作品で構成され、夢のような時間に浸ることができるプログラム。バレエファンだけでなく、ミュージカル好きにもきっと楽しめることだろう。

英国生まれのウィールドンはローザンヌ国際バレエコンクールでゴールドメダルを受賞し、ロイヤル・バレエに入団した後1993年にニューヨーク・シティ・バレエに移籍。若い時から振付の才能を発揮し、28歳の時に同バレエ団の専属振付家に就任。以降、同バレエ団のみならず、ボリショイ・バレエ、パリ・オペラ座バレエ、サンフランシスコ・バレエ、オランダ国立バレエ、ボストン・バレエ、オーストラリア・バレエなど世界中のバレエ団に作品を提供してきた。2011年にロイヤル・バレエで初演された『不思議の国のアリス』は、ロイヤルでは20年ぶりに委嘱された全幕新作バレエ作品で大人気を呼び、日本を含む世界各国で上演され愛され続けている。2012年にロイヤル・バレエのアーティスティック・アソシエイトに就任し、ロイヤル・バレエに振り付けた『冬物語』はバレエ界のアカデミー賞と呼ばれるブノワ賞を受賞した。同年のロンドン・オリンピックでは閉会式の振付を手掛けた。2014年にはミュージカル『パリのアメリカ人』を振付・演出してトニー賞4部門に輝き、2024年にはマイケル・ジャクソンを描いたミュージカル『MJ the Musical』の振付・演出を手掛けてトニー賞とオリヴィエ賞を受賞する等、ミュージカル界でも高い評価を得ている。話題となったAmazon Primeのバレエ界を舞台にした連続ドラマ『エトワール』では、本人役で重要な役割を持って出演し、このドラマのための新作振付作品も提供した。最新作は、オーストラリア・バレエのために振り付けた、オスカー・ワイルドの生涯を描いた『オスカー』で大きな話題を呼んだ。

ウィールドン作品の特徴は、類まれな音楽性の豊かさと、振付によって形作られるフォルムの美しさ、パ・ド・ドゥ(デュエット)の巧みさにある。今回の「バレエ・トゥ・ブロードウェイ」で上演される『フールズ・パラダイス』では、『不思議の国のアリス』『冬物語』『赤い薔薇ソースの伝説』の全幕3作品でも組んでいる作曲家ジョビー・タルボットに音楽を委嘱し、ダンサーたちの肉体が作り出す様々なフォルムと音楽を融合させている。『トゥー・オブ・アス(ふたり)』では、ジョニ・ミッチェルの歌を爽やかながらどこか切なさの漂う物語を感じるダンスにして余韻を残し、『パリのアメリカ人』ではガーシュインの有名な名曲を、万華鏡のような華麗で絶えず変化し続けるスペクタクルに仕上げている。男性同士のデュエットを積極的に取り入れているのもウィールドンならではの特徴で、『フールズ・パラダイス』や『Us(僕たち)』には美しい男性パ・ド・ドゥが登場する。

 

今回の4作品を紹介しよう。

『フールズ・パラダイス』は2007年、ウィールドンが34歳の時に自身のカンパニー、モーフォーセズに振り付け、作曲家ジョビー・タルボットとの長きにわたるコラボレーションの第一歩となった。ファッションデザイナーのナルシソ・ロドリゲスが手掛けた肌色のミニマルな衣裳に身を包んだ9人のダンサーたちが、刻々と変化していく美しいフォルムを作り上げ、トリオやデュオでのダンスを繰り広げ、ウィールドンの優れた構成力も光る。高田茜とウィリアム・ブレイスウェル、ヴィオラ・パントゥーソとリアム・ボズウェル、マリアネラ・ヌニェスとルーカス・B・ブレンツロドの3組のペア(及びブレイスウェルとボズウェルの男性ペア)の生み出す複雑ながらもクリアな動きは目を捉えて離さず、まるで生ける彫刻のようだ。ダンサーたちの研ぎ澄まされたラインと強靭な身体能力、どこか詩的な雰囲気も漂う優美な作品で、全員でロダンの彫刻のようなポーズを創り上げる鮮烈なラストは圧巻だ。

『トゥー・オブ・アス(ふたり)』は、2020年、コロナ禍最中のニューヨークでの「フォール・フォー・ダンス」フェスティバルで無観客配信として初演。ニューヨーク・シティ・バレエのサラ・マーンズと、元アメリカン・バレエ・シアター、ボリショイ・バレエ、現オーストラリア・バレエ芸術監督のデヴィッド・ホールバーグのために振り付けられた作品で、ホールバーグの現役時代最後の舞台となった。伝説的なシンガー、ジョニ・ミッチェルの名曲4曲を、日本でも90年代に人気を博し9月に来日公演も予定されているジュリア・フォーダムが柔らかで深みのある声を駆使して舞台上で歌い、一組の男女のそれぞれの人生の季節、邂逅と別れを親密さをこめて描く。ローレン・カスバートソンとカルヴィン・リチャードソンの奔放さの中にある繊細な表現力、軽やかで少し切ないダンスは人生の輝きと心の揺らぎ、機微を伝えて爽やかな余韻を残す。この作品の中の「恋するラジオ」(カスバートソンの夢見るようなソロ)は、今年のローザンヌ国際バレエコンクールの課題曲にも採用されて、日本でもテレビ放映された。

『Us(僕たち)』は、ロイヤル・バレエ出身のデュオ、バレエ・ボーイズ(ウィリアム・トレヴィットとマイケル・ナン)のためにウィールドンが2007年に創作し、今回がロイヤル・バレエでの初演。男性同士の力強くも優しさも感じられるコンタクトの多い官能的なデュエット作品。お互いに身体を預け、引き合い、交互にリフトし合うなど、男性ダンサーならではの表現も観られる。マシュー・ボールとジョセフ・シセンズによる美しいパ・ド・ドゥは、手を触れ合う動作と共にふたりの絆を感じさせるパートナーリングが濃密で目が離せない。

『パリのアメリカ人』はトニー賞4部門に輝き、劇団四季でも上演された同名の大ヒットミュージカル作品からの25分間の抜粋(ミュージカル版より長くしたバージョンとなっている)。オリジナルはもちろん、ジーン・ケリー、レスリー・キャロンが主演してアカデミー賞6部門に輝いた名作映画『巴里のアメリカ人』で、ウィールドンがミュージカル版へのリメイクを手掛けた。
ミュージカル版も初演はニューヨーク・シティ・バレエのプリンシパル、ロビー・フェアチャイルドと当時ロイヤル・バレエのファースト・アーティストだったリアン・コープだったこともあり、バレエのテクニックを駆使した作品となっている。主人公のリーズとジェリーがセーヌ川のほとりで踊るロマンティックなパ・ド・ドゥと、これぞブロードウェイ・ミュージカルというべき、大きなアンサンブルによる万華鏡のような壮麗な劇中劇の場面が見事に融合。ミュージカル映画『キャッツ』に出演したフランチェスカ・ヘイワードと、少年時代に『ビリー・エリオット』でビリー役を演じたセザール・コラレスの生き生きとして華麗なデュエットは、往年のハリウッド黄金期ミュージカルのスターたちのよう。
ガーシュインのメロディに乗せて、モンドリアンを思わせるジオメトリックで色彩豊かな衣装、ロシア・アヴァンギャルドの影響を感じさせる大胆な舞台装置。トウシューズを履いたダンサーとヒールを履いたダンサーが混在するスペクタクルなダンスはバレエファンだけでなくミュージカルファンにも至福の時をもたらしてくれるはず。

幕間では、ウィールドン本人のインタビューを始め、『トゥー・オブ・アス(ふたり)』出演のローレン・カスバートソンとウィリアム・ブレイスウェルの対談とリハーサル、『Us(僕たち)』のマシュー・ボールとジョセフ・シセンズのリハーサル、『Us(僕たち)』を初演したバレエ・ボーイズのウィリアム・トレヴィットとマイケル・ナンのインタビュー、そして『パリのアメリカ人』ミュージカル版でリーズ役を演じた元ロイヤル・バレエのリアン・コープが出演に至った逸話を披露するなど、楽しい映像が盛りだくさんとなっている。

ウィールドンの見事な音楽性と、ダンスの動きの中に込められた物語性、そしてデュエットを作る稀有な才能をたっぷりと味わえる4作品。センシュアルなパ・ド・ドゥから華麗でスケールの大きなミュージカル作品まで、ロイヤル・バレエの夢のような時間を映画館でぜひお楽しみあれ。

2025.09.01

ロイヤル・オペラ『ワルキューレ』見どころをご紹介します

コラム

石川 了(ジャーナリスト/音楽・映画・ミュージカルナビゲーター)

ワーグナーの『ニーベルングの指環』

 19世紀の作曲家リヒャルト・ワーグナーの楽劇四部作『ニーベルングの指環』(『ラインの黄金』『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』)は、世界を支配する力を持った黄金の指環を巡り、神々と人間、地底のニーベルング族が交錯する愛と欲望と裏切りのドラマである。ワーグナー自身による台本で、上演時間は全四作を通しておよそ16時間。全編の完成に26年という長い歳月を要した大作だ。
 世界を支配する力を持った指環(輪)といえば、J.R.R.トールキンの長編小説『指輪物語』を思い起こす方も多いだろう。『指輪物語』は指輪を捨てに行く話、『ニーベルングの指環』は指環を手に入れる話だが、いずれも指環(輪)は争いを引き起こし、その呪いと力に囚われた人は破滅する。そして、いずれも最後は、傷ついた主人公が自らの手で指環(輪)の呪いを葬るのだ。ストーリーは異なるが、音楽と文学による二つの指環(輪)の物語は、今なお永遠の芸術作品として燦然と輝いている。

『ワルキューレ』の見どころ

 『ワルキューレ』は、楽劇四部作の二作目。神々の長ヴォータンが人間女性に産ませた双子の兄妹ジークムントとジークリンデの禁断の恋と、彼らを見殺しにしなければならないヴォータンの苦悩、そしてヴォータンと大地の母神エルダの間に産まれたワルキューレ(女戦士)の一人ブリュンヒルデが、父の本心を汲んで兄妹を助けようとしたことで、神々の世界から追放される顛末を描く。ちなみに、原題の“Die Walküre” は定冠詞付きの単数形で、これはブリュンヒルデのことを示している。
 初めて観る方はもちろん、前作『ラインの黄金』を観ていなくても全く問題なく楽しめるのが『ワルキューレ』の魅力だ。若者たちの愛が高らかに謳われ、不倫を重ねる夫と正妻の確執に背筋が凍り、父と最愛の息子の死別、父と最愛の娘の永遠の別れに涙する。内容がとてもヒューマンで、展開もスムーズ。物語を彩る音楽も、ポピュラーな「ワルキューレの騎行」をはじめ、最高にドラマティックで感動的だ。

複雑な物語をわかりやすくするライトモティーフ

 ワーグナーは、ライトモティーフという手法を使って音楽ドラマを描いた。これは、人物のキャラクターや感情、状況を象徴する短いフレーズのことで、動機とも呼ばれる。
 『ワルキューレ』では、「愛の動機」「剣の動機」「運命の動機」「愛の救済の動機」「ジークフリートの動機」といった多くのライトモティーフがさまざまな場面で物語を補完し、観るものに深い理解と感情移入を促す。例えば、ジークリンデが自身の妊娠を知るとき、この作品には登場しないジークフリートの動機が流れ、「ああ、彼女はジークフリートを身ごもっている」と理解できるように、感動的に音楽が組み立てられているのだ。
 もちろんそのような動機の知見がなくても、観ているうちに「あれ、どこかで聴いたことのある旋律」と気づき、それが何を意味するのかを不思議に理解できるようになるからご安心を。映画『スター・ウォーズ』シリーズで「ダースベーダーのテーマ」「フォースのテーマ」などが、物語をわかりやすくしているようなものだ。ちなみに、この映画シリーズでジョン・ウィリアムズは71ものライトモティーフを作曲したという。
 さまざまな登場人物の過去現在未来の縦のつながりと、人間模様や人物相関など物語の背後にある横のつながりを音楽で暗示し、登場人物が多い複雑なストーリー展開をわかりやすくするライトモティーフ。ワーグナーが確立したとされるこのドラマ手法は、現代においても大きな影響を与えている。

パッパーノとコスキーのコンビによる新制作

 英国ロイヤル・バレエ&オペラ(RBO)では2023年よりアントニオ・パッパーノ(指揮)とバリー・コスキー(演出)による『ニーベルングの指環』新制作がスタートした。
 1959年生まれの英国出身のイタリア系指揮者パッパーノは、2002年からRBO史上最長の22年間にわたり音楽監督を務め、2025年5月にはRBO史上初の桂冠指揮者の称号を贈られた。彼の指揮は、歌手が歌いやすいテンポとオーケストラが歌手の邪魔をすることがないバランス感覚、音楽の力強い推進力が特徴。この『ワルキューレ』でも、冒頭の嵐の音楽からブリュンヒルデが炎に包まれるラストまで、緊張感が持続する音楽のドラマにスクリーンから目が離せない。
 演出のコスキーは、1967年生まれのオーストラリア出身のユダヤ人で、現在最も多忙な演出家の一人。今回の演出は彼自身、テレビで見た故郷オーストラリアの山火事から着想を得たと言及しており、その世界観をベースに、環境が破壊された世紀末を大地の母神エルダ(ブリュンヒルデの母)の視点から描いている。湯気が噴き出る焼け焦げた木、焦げて炭になった死体など、コスキーらしい視覚要素もあるが、神々の話を家族の日常の風景としてさりげなく描写する、例えば、仕事から帰った夫と客人のディナーシーン(妻に対する夫のDVも垣間見える)、正妻に詰め寄られる不倫夫の居心地の悪さ、娘が大好きな父と父が大好きな娘の微笑ましい会話の場面など、演劇畑出身らしい読みの深さだ。

パッパーノとコスキーが探した注目のキャスト

 パッパーノとコスキーの二人は、慎重に時間をかけて、作品に合った歌手を探してきたという。ヴォータンにはシャープレスを演じたパリ・オペラ座 INシネマ2025『蝶々夫人』の公開も控えるクリストファー・モルトマン、ブリュンヒルデは2025年1月新国立劇場『さまよえるオランダ人』でゼンタを歌ったエリザベート・ストリッド、フリッカはバイロイト音楽祭でも活躍するベテランのメゾ・ソプラノ、マリーナ・プルデンスカヤ、ジークムントには抒情的ヘルデンテノールとして近年注目のフランス人テノール、スタニスラス・ド・バルベラク。そして、当公演で一番の評判を呼んだのが、ジークリンデを演じたウェールズ系ウクライナ人の新鋭ソプラノ、ナタリア・ロマニウ。本来のキャストであったリーゼ・ダヴィッドセンが妊娠により降板。代役としてロマニウが抜擢され、初役のジークリンデを2ヶ月で習得したそうだ。オペラはこのようなスター誕生のドラマが生まれるから、やはりRBOシネマシーズンは常にチェックしておきたい。

しかしながら、ミンナという妻がいながら、ヴェーゼンドンク夫人と不倫関係になり、その後、自分の作品(『トリスタンとイゾルデ』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』)を初演している指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻コジマ(リストの娘)を略奪し、妻にしてしまうワーグナーは、自分の姿をヴォータンに重ねていたのか…。

2025.06.18

ロイヤル・オペラ『トゥーランドット』見どころをご紹介します

コラム

井内美香(オペラ・キュレーター)

ロイヤル・オペラ屈指の人気プロダクション

英国ロイヤル・オペラで長年愛されるアンドレイ・セルバン演出のプッチーニ《トゥーランドット》。1984年の初演以来、劇場が誇る最古のプロダクションとして知られています。

初演時にはイギリス出身の名歌手ギネス・ジョーンズがトゥーランドット、プラシド・ドミンゴがカラフという豪華キャストで上演されました。1986年の英国ロイヤル・オペラ日本公演でも(この時は違うキャストでしたが)上演され、大きな反響を呼びました。筆者も1993年にロンドンで鑑賞し、ジョーンズの圧倒的な歌声と美しい舞台美術に深く感銘を受けました。

セルバン演出はその後も再演を重ね、観客を魅了し続けています。2013年には中村恵理がリューを演じ、映像作品としても発売。昨年の英国ロイヤル・オペラ日本公演でも再び上演され、初演40周年を日本で祝いました。

セルバン演出の魅力は、《トゥーランドット》の世界観を余すところなく描き出す点にあります。舞台を囲む二階建ての木製ギャラリーに合唱団を配置し、暗闇に浮かび上がる鮮やかな色彩の美術セットは、古の中国を彷彿とさせ、音響的にも演劇的にも理想の空間を作り出しています。仮面をつけたダンサーたちの振付はケイト・フラットが担当し、太極拳の動きを取り入れた独特の雰囲気を持つもの。照明とスモークの効果的な使用も、舞台をドラマティックに彩ります。

今回、2025年4月公演を撮影したシネマ版《トゥーランドット》を試写で鑑賞し、その素晴らしさに圧倒されました。シネマ版ならではの特典として収録されている関係者インタビューも興味深く、初演時の振付家ケイト・フラットが演出について語る貴重な映像は必見です。

セルバン演出で重要な役割を担うのは、ピン・パン・ポンの3人。音楽的にも重要なパートを受け持つ彼らは、躍動的な動きを見せる一方、故郷を懐かしむ場面などでは、人間味あふれる一面を見せてくれます。彼らのインタビュー場面も印象的でした。

トゥーランドット姫を演じるソンドラ・ラドヴァノフスキーは、2024年の日本公演に出演予定でしたが、病気のため来日が叶いませんでした。今回のシネマ版では、ついにラドヴァノフスキーが登場します。彼女の歌唱は圧巻の一言。第2幕の登場のアリアでは、その歌唱力で観客を魅了し、音楽的なクライマックスへと導きます。第3幕では、トゥーランドットの苦しみ、悲しみ、そしてカラフへの心情を見事に表現しています。

カラフを演じるソクジョン・ベクも、ラドヴァノフスキーに引けを取りません。意志の強さと優しさを併せ持つカラフ像に共感できると同時に、ベクの声は「誰も寝てはならぬ」を歌うためにあるのでは、と思わせる素晴らしさです。リューを演じるサマーフィールドも、音楽性豊かな歌唱で観客を魅了します。

指揮を務めるのは、ラファエル・パヤーレ。日本公演ではアントニオ・パッパーノの集中力のある名演を聴くことができましたが、パヤーレの指揮にはまた違った魅力があります。楽器それぞれの美しさを引き出し、歌を丁寧に聴きながら、ソリストたちの最高のパフォーマンスを引き出す手腕に驚きました。新たな才能の出現を実感させられます。

《トゥーランドット》というオペラの素晴らしさは、プッチーニが生み出したリューの存在にあります。カラフを愛し、自己犠牲によって愛を昇華させるリュー。彼女の死後、カラフがトゥーランドットと結ばれることに違和感を覚える人もいるかもしれません。プッチーニが最後に手がけたオペラであり、リューの死の場面以降はアルファーノがオーケストラ部分を完成させたため、プッチーニが最終的にどのような結末を望んでいたのかは不明です。

しかし、セルバン演出の舞台を観ていると、最後に彼が見せるリューの存在が、ドラマの核心をついたものだと納得させられます。数多くの葛藤を抱えながら生きる現代の人々こそ、プッチーニの音楽をこの上ない形で表現したこの舞台を、ぜひ体験していただきたいです。シネマ版での鑑賞は、劇場とは異なる視点から作品の魅力を再発見する絶好の機会となるでしょう。

2025.06.05

ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』見どころをご紹介します

コラム

森菜穂美(舞踊評論家)

<時代を超えた、普遍的なラブストーリー>

ケネス・マクミラン振付の『ロミオとジュリエット』は人間の生の感情をリアルに表現した演技と振付により、あまたある『ロミオとジュリエット』のバレエ作品の中でも決定版とされています。不朽の名作であり、演劇的なバレエを得意とするロイヤル・バレエの最も重要なレパートリーの一つです。この『ロミオとジュリエット』は世界中のバレエ団で上演されていますが、もちろん本家であるロイヤル・バレエは他の追従を許しません。
2023年夏にはロイヤル・バレエの来日公演でこの『ロミオとジュリエット』は上演され、全8回の公演の主演をすべて別々のペアが演じて、バレエ団の層の厚さを実感させました。

400年以上前に生まれた『ロミオとジュリエット』がなぜ、今も多くの人々に支持されるのでしょうか。1965年初演の、ケネス・マクミラン版のバレエ『ロミオとジュリエット』はなぜ、ロイヤル・オペラハウスで550回以上も上演された『ロミオとジュリエット』の決定版とされているのでしょうか。そこには、今だからこそ心に響く普遍的なメッセージがあるからです。

二つの名家キャピュレット家とモンタギュー家の争いは、世界に暗い影を落としたロシアとウクライナの紛争や米国での混乱に見られるように、今も絶えない国際紛争や、人種や貧富の差、格差による分断を象徴するように感じられます。
1993年のボスニア紛争においては、異なる民族の若い恋人同士がお互いに駆け寄って狙撃兵に撃たれ抱き合ったまま亡くなり一緒に埋葬されるという事件があり、『サラエボのロミオとジュリエット』としてドキュメンタリー映画にもなりました。
『ロミオとジュリエット』を現代のニューヨークに置き換えた不朽のミュージカル名画『ウエスト・サイド物語』(1961)のリメイクであるスピルバーグ版の映画『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021)が生まれたのは、この分断がより顕著になってきた今だからこそ伝えたいメッセージを伝えるためでした。これらの作品は共に、憎しみの連鎖がより大きな悲劇を生み、無垢な若者が無残な死を迎えてしまうことの虚しさを今に伝えています。

 

<ジュリエットは最初のフェミニスト>

シェイクスピアの先進性を象徴するのが、ジュリエットの描き方です。マクミラン版の『ロミオとジュリエット』を踊った歴代のダンサーの中でも、特にこの役を当たり役としたアレッサンドラ・フェリ、そして現役でジュリエットを踊っているロイヤル・バレエのサラ・ラムは共に、「ジュリエットは最初のフェミニスト」だと語っています。ジュリエットは14歳と若い少女の設定ですが、その彼女が、たった一人で家の権威に立ち向かい、両親の意思に反して愛を貫く決意をして勇気ある選択をします。このような強いヒロイン像が400年以上も前に生まれたことに、シェイクスピアの先進性を感じます。
『ウエスト・サイド・ストーリー』のヒロイン、マリアも自分の方から積極的にロミオにキスをし、そして働いてお金を稼ぎ、大学に行って学ぶという夢を語るなど、自立した女性として描かれています。バレエの中では、わずか数日間の間に大人への階段を駆け上り、成長していくジュリエットの姿が印象的です。

 

<プロコフィエフの色彩豊かな音楽と振付の魅力>

プロコフィエフ作曲による音楽の魅力もバレエ『ロミオとジュリエット』の大きな魅力の一つです。甘美な「バルコニーのパ・ド・ドゥ」、CMでもおなじみの重厚な「騎士たちの踊り」、躍動感のある市場の踊り。時に雄大で時に繊細、ドラマティックで華麗な旋律が心を揺さぶります。登場人物のキャラクターを象徴させるライトモチーフの使い方も印象的です。

マクミラン版『ロミオとジュリエット』の魅力は、何より3つのパ・ド・ドゥの振付の巧みさと音楽との一体化です。「バルコニーのパ・ド・ドゥ」での恋のときめきと高揚感、疾走感は比類のないもので、終幕の悲劇もドラマティックな音楽で一層胸を締め付けるものとなります。

それまでのバレエ作品では見られなかった、常識を覆すような振付も登場します。象徴的なのは、両親に結婚を強制されて窮地に追い込まれたジュリエットが、ベッドの上に座り身動きもせず、ただ前を見据える名場面。雄弁な音楽が流れていき、ジュリエットが愛を貫く決意をする心情が伝わってきます。ジュリエットとロミオの出会いの時に時が止まったようになるなど、動かない場面こそが、大きな意味を持つのもこの作品の特徴です。

最終場面、墓所で仮死状態になったジュリエットとロミオのパ・ド・ドゥは、「死体は踊らないのでは?」と初演当初には賛否両論を巻き起こしましたが、作品の悲劇性を強調する場面として強烈な印象を残します。仮死状態のジュリエットを懸命にリフトするロミオは、「バルコニーのパ・ド・ドゥ」の幸福感、高揚感溢れる踊りを再現して、ジュリエットを生き返らせようとしますが、ジュリエットの身体は空しくも力なく落ちていきます。マクミランは、若い二人が両家の対立の結果むごたらしく死ぬ様子をこの作品で描きたかったと語り、ダンサーには醜く見えることを恐れるなと伝えていました。

数々の名作バレエの美術を手掛けてきてマクミランの右腕と呼ばれたニコラス・ジョージアディスによる想像力を刺激する壮麗なデザインは、ルネサンス時代のヴェローナの色彩と世界観をもたらしています。賑やかな市場がソード・ファイトへと急展開し、モンタギュー家とキャピュレット家の両家の悲劇へと進み、プロコフィエフの魅惑的なスコアが、胸を締め付けるクライマックス、そして終幕へと観客を導いていきます。

 

<ロイヤル・バレエを代表する噂のスター・ペア、金子扶生とワディム・ムンタギロフ>

今回のシネマシーズンの『ロミオとジュリエット』は、今やロイヤル・バレエを代表するプリンシパルへと成長し、シネマでも『シンデレラ』に続く主演でますます磨きがかかる大阪出身のプリマ、金子扶生がジュリエット役、また世界的なスーパースターで、「ワドリーム」と異名を取りロイヤル最高の貴公子と評されるワディム・ムンタギロフがロミオ役を演じています。近年世界中で共演している話題のこのペアは、息もぴったりに運命に翻弄された恋人たちをロマンティックに、情熱的に演じて絶賛されました。2023年のロイヤル・バレエ来日公演でも、このペアによる『ロミオとジュリエット』が大阪で上演されましたが、2年の時を経てより一層表現力を増した二人の演技が観られます。
人形遊びを無邪気にしていた14歳の少女が、わずか数日で大人への階段を駆け上り、無理解な大人たちに一人で立ち向かう強さを体現した金子は、繊細な演技力も見せて新境地を開いています。クラシック・バレエの理想的な王子様を演じることが多いムンタギロフが、貴公子ではなく普通の恋する若者を演じるところが観られるのも貴重な機会です。長く美しいラインの二人が繰り広げるバルコニーのパ・ド・ドゥの陶酔感と高揚感、引き裂かれる悲しみと苦悩に満ちた寝室のパ・ド・ドゥ、そして悲劇的なラストシーンに思わず引き込まれ、涙してしまいます。

そして今回ティボルトを強烈な存在感で演じるのは、ロイヤル・バレエきっての演技派である平野亮一です。堂々とした悪役ぶりと大人の色気を振りまいて視線を独り占めにします。また、マンドリン・ダンスのソリストとして、鮮やかで驚くべき高さの跳躍を見せて高度なテクニックを披露しているのは、これからの躍進が期待されるライジング・スターの若手ソリスト、五十嵐大地です。ほかにも随所で期待の若手日本人ダンサーが活躍しています。さらに、ジュリエットの婚約者パリス役は、ドキュメンタリー映画『バレエ・ボーイズ』で注目され、今では『オネーギン』のタイトルロールに抜擢される等、次世代のスターとして注目されているルーカス・B・ブレンツロドが演じています。舞台上にいるどんな小さな役のダンサーも、ヴェローナに生きる人物として一人一人存在しており、アンサンブルの見事さもロイヤル・バレエの魅力です。

シネマシーズンのお楽しみ、幕間では、司会のダーシー・バッセルとかつて『ロミオとジュリエット』で共演し、その後20年近く日本のKバレエ・カンパニーで活躍、昨年ロイヤル・バレエに指導者として復帰したスチュアート・キャシディのソード・ファイトについてのインタビューが観られます。また恒例の主演陣のインタビューとリハーサル映像、ルネッサンス時代を表現するのに欠かせないヘアメイクの担当者のインタビューなど、作品をより楽しむための映像も盛りだくさんです。世界最高峰のロイヤル・バレエのスターたちの演技による世界最高のラブストーリーを、お近くの映画館の大スクリーンで楽しんでください。

2025.06.05

ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』インタビュー情報

●チャコット

『ロミオとジュリエット』でティボルトを熱演した平野亮一に聞く「思春期真っ只中で、負けというものを知らない青年です」英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ
https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail039477.html

 

●FNNプライムオンライン

スクリーンで蘇る“悲劇と愛の軌跡” ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』ジュリエット役・金子扶生さんとティボルト役・平野亮一さんにインタビュー
https://www.fnn.jp/articles/-/874857?display=full

 

●バレエチャンネル

①英国ロイヤル・バレエ「ロミオとジュリエット」ワディム・ムンタギロフ インタビュー~ジュリエットに出会った瞬間、ロミオの脳はショートする
https://balletchannel.jp/45869

②英国ロイヤル・バレエ「ロミオとジュリエット」平野亮一インタビュー~ティボルトはきっと“次男”だと思う
https://balletchannel.jp/45905

2025.06.04

ロミオ役、ワディム・ムンタギロフさん特別インタビュー

インタビュー

「ロミオ役はとても僕に似ています。でも少しずつ大人になっていく僕と共に、変わってきています」

ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』シネマでロミオ役を演じたワディム・ムンタギロフ。理想的な貴公子そのものであるワディムですが、普通の若い青年であるロミオ役は特別な思い入れがあるとのことです。自分自身に近い役であるロミオから、最近はもっと複雑な役にも挑戦している彼が、どのように深化し成長して行っているのか、語っていただきました。

 
―ワディムさんは若い時からロミオ役を演じてこられてきました。それから年月を経て、あなたのロミオの演じ方は変わってきましたか?

ワディム:「ロミオ役はとても自然に演じられる役です。もう少し年を取れば、少し演じるのが大変になってくるかもしれません。いくつかのステップは今よりも難しく大変だと感じてくると思います。今の僕は、まだ早く走ったり、ふざけたりして楽しむことができています。まだロミオが僕に似合う役であるのは嬉しいことです。
今は自分のキャリアを通して、もっとドラマティックな役を演じる経験を重ねることができるようになりました。『マノン』のデ・グリュー、『マイヤーリング(うたかたの恋)』のルドルフ皇太子、ウィールドン『冬物語』のレオンティスなどです。これらのバレエ作品を通じて、僕はもう少し深い痛みを感じられるようになりました。」

ここ数年の間に、3幕で僕の演じるロミオは少し成熟してきたのではと思います。前よりも痛みや悲しみをもっと感じるようになっているかもしれません。ジュリエットが亡くなってしまったと思いこんだ時には、それまでのとても若い青年よりも大人になった姿を見せていると思います。

 
―ロミオはあなた自身に近いとおっしゃっていましたね。あなたに似ている役は他にはありますか?

ワディム:「はい、実際ロミオは僕に似ている人物です。僕はとても爆発的なエネルギーを持っていて、思い通りにならないと怒りを感じてしまって、なんとか思い通りにしようとしていました。でも今僕は少し大人になったと思うので、もっと落ち着いたと思います。今の僕は何かを感じて、例えば怒りを感じていても、すぐにそれを表に出さないで、その怒りを抑えようとすると思います。だから少しずつ僕は変わっています。『白鳥の湖』のジークフリート王子は僕が今まで最も多く演じた役だと思いますが、この役も僕自身に近いところがいつもあると感じています。 またアシュトンの『田園の出来事』のベリャーエフも僕に近いと思います。田舎に住んでいて、緩やかなシャツを着て、自然の中で楽しんでいるような人です。」

 
―ワディムさんは、まもなく『オネーギン』のタイトルロールを初めて演じることになっていますね。ロンドンでは、あなたのオネーギン役への期待でファンは持ちきりだそうです。これもまた、今まで演じてきた役とは違う、成熟した役ですね。

ワディム:「今シーズンの大きな役デビューは、オネーギンだけです。これから2週間後に初めて演じることになっていますが、これは僕にとっても大きな挑戦です。新しい役を演じるにあたって最初の2,3週間のリハーサルの間はなかなか大変です。役がまだ体に入っていないのでうまく行かないことが大きくて、ちょっと動揺したり、怒りを感じてしまったりすることもあります。まだまだ発展させなければならないこともあって、僕はちょっと苛立ちを感じてしまうこともあります。スタジオで稽古をしていて、まだいい感じには見えなかったりうまく行かない時にはストレスを感じたり不安になったりもします。この役は2週間ほどリハーサルを重ねてきており、ゆっくり少しずつ改善点を修正していて発展させていっています。もう少しこの役を理解することができるようになりましたし、昨日はリード・アンダーソンとの最初のリハーサルがありました。それはとても集中した、とても良いリハーサルでたくさんの知識を得ることができて、良い成果を出すことができました。あと2週間リハーサルを重ねて本番に臨みますが、とても楽しみです。

この役が楽しみなのは、今まで僕が演じてきた役とかなり違うからです。この役はあまりソロを踊らなくて、代わりにパートナーリングがとても多いです。大体バレエだとソロとパ・ド・ドゥが半々くらいでたくさん踊ってパートナーリングもたくさんするわけですが、『オネーギン』では、パートナーリングに集中します。また自分と全く違ったタイプの人間、傲慢で自己愛が強い人を演じなければならなくて、僕にはそういう部分は全然ないので、大きな挑戦です。でも僕はこのプロセスを楽しんでいて、僕自身の中からそのような要素を頑張って見つけ出そうとしています。」

 
―いつかワディムさんのオネーギンを拝見したいですね!きっと素晴らしいはずです。
さて、ワディムさんは今年の夏も日本で踊ってくださいます。日本で踊ることは楽しみにしてくださっていると思いますが。

ワディム:「僕を含めた多くのバレエダンサーは、夏はもっと休んで、あまり舞台の仕事をしたくないと思っているんです。でも日本で踊ってほしいというオファーがあれば、もちろん、喜んで引き受けます。毎回日本ではとても幸せな思いをしています。でも舞台の準備には入念に準備をしなければならないのがちょっと大変です。僕は両親とは夏にしか会えないので、毎年会うことにしています。それと同時に、日本の舞台に立つ準備を進め、身体をしっかり作らなければなりません。シーズンの前に怪我をしてしまったので、足を痛めないように良い床で踊らなければならず、スタジオにこもらなければなりません。父もプリンシパル・ダンサーだったので、僕たちは一緒に稽古をすることができて、良い機会になっています。父も僕と一緒に稽古できることを喜んでいます。夏は父が僕にバレエクラスを教えてくれて、ソロやパ・ド・ドゥも一緒に練習するのが通例となっています。

もちろん日本で踊ることはとても楽しみです!日本のお客さまはバレエが大好きなことをよく知っています。彼らはバレエに対してとても敬意を持ってくださっているし、僕たちを舞台の上で観ることを楽しみにしていることを実感します。バレエダンサーのキャリアが短くて、大変なこともきちんと理解してくださっていて、華やかな踊りを見せることは奇跡的なことも知っています。ダンサーがキャリアを重ねていく中で、成熟してきて、新しい役に挑戦していき変化していくことも理解してくださっています。本当に日本の皆さんの愛と応援を感じています。」

 
―今年の夏、日本ではどんなことをしたいと思っていますか?

ワディム:「日本でやりたいことはたくさんあるのですが、なかなか十分な時間がありません。僕は自然が大好きなので、日本の自然をもっと見たいと思っています。去年の夏は箱根で2,3日過ごすことができました。とても美しくて、リラックスできて、素晴らしい温泉にも入ることができました。僕の心や体にとても良いことができたと思いました。今年の夏もオフに何かできるといいなと思っています。自然に触れて自分を充電できるような、昨年と同じようなことができればいいですね。」

 
―日本の観客は、スクリーンでのあなたのロミオ役の素晴らしい演技にきっと魅せられるはずです。

ワディム「ありがとうございます。映画館でみなさんに僕のロミオを観てもらえると嬉しいです!」