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2026.07.02

『魔笛』見どころをご紹介します

コラム

石川了(ジャーナリスト/音楽・映画・ミュージカルナビゲーター)

18世紀の作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと宮廷作曲家アントニオ・サリエリの確執を描いた映画『アマデウス』で、映画の終盤、『魔笛』と『レクイエム』の作曲が同時並行で行われていくシーンを覚えているだろうか。
サリエリ扮する死神に依頼された『レクイエム』の作曲に夢中になるモーツァルト。そんな彼に、興行主で台本作家のエマヌエル・シカネーダーが「おまえには気取った宮廷は向かない。観客が喜ぶ奇想天外な作品を作れ。観客にウケそうな曲も数曲入れて」と『魔笛』の作曲を依頼する。魔笛小屋でのドンチャン騒ぎのなかで名旋律が生み出され、妻コンスタンツェの口うるさい母親が夜の女王に結びついていく。原作の舞台『アマデウス』の作者ピーター・シェーファーが自ら脚色した映画ならではのアイデアが見事であった。
この映画からもわかるように、モーツァルト最晩年の舞台作品『魔笛』は、宮廷向けの高尚な「オペラ」ではなく、一般大衆向けの「歌芝居」として作られた。これはジングシュピール(Singspiel)と呼ばれ、歌だけで綴られるオペラとは異なり、台詞と歌で物語が進行する。今でいうミュージカルのようなものといえるだろう。

『英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2025/26』の『魔笛』は、この「歌芝居」の魅力が存分に堪能できる映像だ。2003年のプレミエ以来、今なおロンドンっ子に愛され続ける演出は、スコットランド出身の演出家デイヴィッド・マクヴィカーによるもの。闇と光の世界の美しいコントラストのなかで、ダンサーが操る「ライオン・キング」のような動物たちがうごめき、魔法の鈴の音が鳴ると、善き者も悪しき者も思わず笑顔になって踊り出す。
大人から子どもまで、クラシック音楽ファンはもちろん、映画や演劇、ミュージカル好きなど、誰もが楽しめる笑いとユーモアにあふれた作品だ。

ストーリーは、王子タミーノが夜の女王に頼まれて、ザラストロにさらわれた彼女の娘パミーナを鳥刺しパパゲーノとともに救出に向かう。魔法の笛に導かれて彼らが辿り着いたのはザラストロの神殿。実はザラストロは太陽を讃える賢者であり、この神殿でタミーノとパミーナは試練を乗り越え、光の世界で結ばれる。
大蛇が登場したり、魔法の笛や魔法の鈴がタミーノとパパゲーノの危機を救ったりと、映画『アマデウス』でシカネーダーがモーツァルトに語ったように、奇想天外な冒険物語が「観客にウケそうな」楽曲の連続で展開する。タミーノがパミーナの絵姿を見て恋に落ちる「なんと美しい絵姿」、パパゲーノが登場する「私は鳥刺し」、ザラストロが歌う「この聖なる殿堂では」、パミーナの悲しみのアリア「愛の喜びは露と消え」、そしてこのオペラで最も有名な夜の女王のアリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」など、誰もが一度は耳にしたことがある名曲が満載だ。
また、二重唱や三重唱、五重唱のような美しいハーモニーによる声楽アンサンブルも魅力。夜の女王の3人の侍女によるソプラノとメゾ・ソプラノ、アルトの女声三重唱や、彼女たちにタミーノ(テノール)とパパゲーノ(バリトン)を加えた混声五重唱、パミーナとパパゲーノによるソプラノとバリトンの二重唱、3人の童子の児童三重唱、神官たちの男声合唱「おおイシスとオシリスの神よ」、二人の神官がオクターブユニゾンで歌うテノールとバスの男声二重唱など、大衆に向けてヒットを狙う、ある意味筒美京平的なモーツァルトのメロディーメーカーぶりも認識できる。

このように、『魔笛』の出演者には、ソロとアンサンブルの両方の歌唱力と、コメディとシリアスの両方がこなせる演技力、そして芝居としての明快な台詞回しも求められる。この映像では、歌手たちの台詞と歌声のトーンが同じなので、喋り声がいきなり歌声に変わるといった違和感もなく、台詞から歌唱への移行が非常にスムーズ。彼らの歌と演技による物語の流れがとても自然なのだ。
タミーノのアミタイ・パティはサモア出身のニュージーランド人テノール。パミーナのルーシー・クロウはバロックから現代音楽までカバーする英国出身のリリック・ソプラノ。パパゲーノのヒュー・モンタギュー・レンドールは英国王立音楽大学出身の若手バリトン。ザラストロ役のソロモン・ハワードは、以前サンフランシスコ・オペラのカーテンコールで共演のソプラノ歌手にプロポーズしたことで話題を呼んだバス歌手。出番が少ないのに強烈な印象を残す夜の女王には、今世界でこの役を最も歌っているコロラトゥーラ・ソプラノの一人、アメリカのキャスリン・ルイックが扮している。
指揮は、パリ生まれの指揮者マリー・ジャコ。バイエルン州立歌劇場にてベルリン・フィル首席指揮者・芸術監督を務めるキリル・ペトレンコのアシスタントとなり、現在はデンマーク王立歌劇場首席指揮者として活躍する若手の有望株だ。幼少期はテニスプレーヤーとしての活躍を期待されていたという彼女の颯爽とした指揮姿にも注目したい。

 台本のシカネーダーは、パミーナとパパゲーノに「誰もがこのような魔法の鈴を持っていたら、敵はいなくなり、みんなが仲良く暮らせる。友情のハーモニーが争いを解決するのです」と歌わせている。モーツァルト生誕270歳となる2026年。世界中の人々が願う、昔も今も変わらない切なるメッセージだ。