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2026.05.27

『ジゼル』見どころをご紹介します

コラム

森菜穂美(舞踊評論家)

ロマンティック・バレエの不朽の名作「ジゼル」、主演は高田茜

1841年にパリ・オペラ座で生まれて以来、『ジゼル』はロマンティック・バレエの最高峰の作品として世界中で上演され、名だたるバレリーナたちが名演を見せて数々の伝説を築き上げてきました。1幕の収穫期のドイツの牧歌的な農村を舞台にした悲劇のドラマ、2幕の精霊「ウィリ」が舞い踊る、月に照らされた幽玄で超自然的な墓場という二つの全く異なった世界の対比を描いている本作は、死をも超える愛と赦しを描いた不朽の名作として今も広く愛されています。

今年3月に公開されて人気を呼んだアニメ映画『パリに咲くエトワール』では冒頭に1910年代の横浜での『ジゼル』の上演を観てヒロインのフジコがバレエに魅せられます。そしてもう一人のヒロイン千鶴はパリでバレリーナを目指して稽古に励み、ついにパリ・オペラ座の『ジゼル』のコール・ド・バレエ(群舞)、ウィリの一人として舞台に立って夢をかなえる場面で幕となりました。このように『ジゼル』はバレエそのものを象徴する作品として知られています。

今回ジゼル役を演じた高田茜は、その見事な技術と表現力で絶賛を浴びました。映画館の大スクリーンで、この一世一代と言える彼女の名演をぜひ堪能してください。

「これは、私がこれまでに見た中で最も完成度の高い高田茜の演技だった。彼女の踊りが完璧なテクニックと音楽性によって特徴づけられていることは言うまでもないが、彼女はさらに、説得力のあるキャラクターを創り上げた。高田のジゼルは真に恋に落ちていることを示し、第1幕の純真な少女が抱える脆さ、裏切り、そして底知れぬ絶望を露わにした。しかし、高田が真に最高の輝きを放ったのは、第2幕で亡霊のようなウィリとなり、欺いた恋人を死から救おうと奮闘する場面だった。アルブレヒトを許し、救おうとするジゼルの心意気は、高田とボールの深く心に響く墓前のデュエットにおいて、最も鮮やかに表現されていた」(Seen and Heard Internationalより)

 

「ジゼル」誕生

『ジゼル』の超自然的な力は、19世紀のロマン主義の中でもバレエにおいては最高の例を作り上げました。物語の「愛、裏切りと赦し」というテーマとはハインリヒ・ハイネの『ドイツ論』とヴィクトル・ユゴーの『東方詩集』の中の「亡霊」という詩に着想を得ています。このバレエ作品の幽玄な美しさは、2幕のウィリたちの踊りの中でも、彼女たちがジゼルの墓の周りに集まる場面で最高潮を迎えています。ここはカンパニーのコール・ド・バレエがきらめくような高度な技術を見せる場面です。

フランスの詩人・小説家・劇作家テオフィル・ゴーティエはハインリヒ・ハイネの『ドイツ論』を読んだ後、バレエ作品を創作する意欲に駆られました。当時パリにおいては超自然的なテーマが流行していました。ジャコモ・マイアベーアのオペラ『悪魔のロベール』(1831)の中の「死んだ尼僧たちの踊り」という短いバレエや、ダンサーたちが透き通るような白い衣をまとい、月を思わせる淡い光に照らされていた『ラ・シルフィード』(1832)のヒットもありました。バレエのテクニックの進化、トウシューズの技術によって、ダンサーたちはまるで幽霊のように見えました。霧に包まれた森でシフォンをまとって浮かび上がる精霊たち、それがウィリです。『ドイツ論』に登場するウィリたちについて読んで、ゴーティエはヴィクトル・ユゴーの詩「幽霊」の中の物語をこれと結び付けたいと思ったのです。この詩では、踊りが大好きで、のちに舞踏会で踊り狂って疲れ果ててしまい死んでしまう娘の物語が語られています。この二つのアイディアを、筋の通った物語にするために、ゴーティエは、バレエの台本執筆の経験が豊富なジュール=アンリ・ヴェルノワ・ド・サン=ジョルジュの助けを借りました。サン=ジョルジュはゴーティエのアイディアを洗練させて、わずか3日で台本を書き上げました。

彼らは振付家ジュール・ペローにこの台本を提案しました。ペローのミューズで恋人はパリ・オペラ座バレエの新星カルロッタ・グリジ。ペローはパリの観客にグリジの才能を見せるにはこの作品がぴったりだと思ったそうです。ペローはこの物語を作曲家のアドルフ・アダンに持って行き、アダンはすぐさまこのバレエ作品のために作曲することに同意しました。ゴーティエ、サン=ジョルジュ、ペローとアダンは後ほど、パリ・オペラ座バレエの芸術監督にこのバレエ作品を上演させることに成功しました。

「ジゼル」は1841年6月28日にサル・ル・ペルティエで初演されて絶賛を浴びました。グリジがジゼル役を演じ、リュシアン・プティパ(マリウス・プティパの兄)がアルブレヒト、ジャン・コラーリがヒラリオンを演じました。

 

<言葉のないバレエで物語を伝えるマイム>

ジゼルが1841年に初めてパリ・オペラ座で上演されたときには「バレエ・パントマイム」と銘打たれました。バレエ・パントマイムは別名「バレエ・ダクシオン」と呼ばれた演劇の形式で、18世紀のフランスで生まれました。ほかの演劇の形とパントマイムを分けているのは、演者による身体の動き、ジェスチャーや表情によって物語を伝えることでした。ダンサーたちのマイムによって、このバレエの心を揺さぶる物語が浮かび上がります。ジゼルは薬指を指さして婚約していることを表現し、頭の上で手を回して踊りが大好きなことを伝えます。また胸の前に手を当ててアルブレヒトへの愛を語ります。ヒラリオンはジゼルを愛しているというマイムを行い、またロイス/アルブレヒトを信頼できないことを示し、そして彼の刀について説明しアルブレヒトが狩りの一行の貴族たちと関係していることを説明しています。

『ジゼル』における最も長いマイムは、ジゼルの母ベルタが、ウィリの伝説を語るところです。娘が踊っているが心臓が弱くて踊りに耐えられないことを心配したベルタは、彼女に踊るべきではないと踊りを止める。踊りすぎたら心臓が止まって死んでしまうと。ベルタは暗い森の空気を呼び起こし、村人たちみなにウィリの伝説、また月夜に照らされた精霊たちの森の中に迷い込んだ男たちを待ち受ける運命について語っています。このベルタのマイムは、今回のシネマの幕間の映像で、ベルタを演じるクリステン・マクナリーが場の空気を一変させる迫真の演技で見せてくれています。

ジゼルの「狂乱の場面」では振付とマイムのバランスが絶妙に配置されています。ここで1幕の祝祭的な雰囲気は崩れ去り、村は混乱に陥ります。ジゼルは恋人ロイスが実際にはアルブレヒト公爵なのに村人に偽装しており、バチルド姫と婚約していたことを知ると現実を受け入れられず自分にしか見えない幻を追いかけ、空想上の花で花占いをし、壊れそうな踊りの中で愛しあっていた日々を再現します。ジゼルは正気を失い、自死してしまう場面がこの作品の最初のクライマックスです。

 

<ピーター・ライト振付版の特徴―演劇性の重視>

英国バレエを代表する巨匠サー・ピーター・ライトによる演出版が今回上演される『ジゼル』で、すでに200回以上上演されています。ライトは1966年にジョン・クランコの依頼でシュツットガルト・バレエのために『ジゼル』を振り付け(ライトが初めて手掛けた全幕作品)、ケネス・マクミランの依頼により、ロイヤル・バレエ版を1985年に創作しました。今年100歳となるライト卿は、現在も健在で日々リハーサルに立ち会って指導をしているとのことで、時折カーテンコールにも登場しています。

ジゼルを含む登場人物たちは、嵐のような感情や想い―不信、恐怖、傷心、そして喪失を表現しています。ライト卿は、「ジゼル」を上演するときには、物語や登場人物に説得力があることが大事だと強調していました。ドラマティックに物語ることと真実味のある感情の見事なバランスが、ジゼル役を、ダンサーにとって最も挑戦しがいのある役柄にしていると語っています。特にロイヤル・バレエの優れたダンサーたちは、舞台俳優のようにドラマティックに物語を表現する才能を持ち合わせています。

 

<ジゼルの死―心臓が止まるのではなく、狂乱の末の自死という衝撃的な展開>

ピーター・ライト卿の演出では、ジゼルの死が他の版にみられるように失恋のショックによる狂乱で元々弱かった心臓が止まってしまうのではなく、アルブレヒトの剣で自ら胸を刺したことによる自死であるのが最大の特徴です。
彼女の内なる絶望が公の場に露呈し、その瞬間の衝撃は、それに先立つ精神崩壊の謎めいた様相によって、さらに増幅されていきます。この重要な「狂乱」の場面は何世代にもわたってバレリーナたちの試練の場となり、数多くの名演を生み出してきました。今回のシネマ上演では高田茜が細やかに、ジゼルがアルブレヒトとの幸せな日々を回想しながら正気を失い自らの命を絶ってしまう姿をリアルかつ痛ましく演じており、観客の涙を誘います。

 

<ライトモチーフを活用したアダンの音楽>

アドルフ・アダンは「ジゼル」のスコアを数週間で作曲しました。「ジュール・ペローとカルロッタ・グリジとはとても親しく、作品は私の書斎の中で成長しました」と彼は語っています。
彼が手掛けた音楽はライトモチーフ(登場人物と結び付けられた短く明確な主題)を使用しています。これらはバレエの動きを推進し、マイムの雰囲気も作り上げています。ジゼルには、彼女の無垢さと美しさをとらえる軽やかに弾む主題を与えました。ジゼルとアルブレヒトの場面では甘くハーモニーの感じられるモチーフを使用しますが、のちにアルブレヒトの裏切りが明らかになったときには、断片的で色彩も変化しています。狩りの場面では、遠くから聞こえてくるかのようなホルンの音色(『白鳥の湖』をはじめとする多くの作品でも用いられる典型的な音楽的表現)を用いたモチーフと、ウィリの悲劇的な物語と復讐への意思を彷彿とさせる不吉な予感を漂わせるモチーフが用いられています。

 

<日本が誇る世界のプリマ、高田茜のジゼルは見逃せない>

高田茜は、このジゼル役を2016年に演じてプリンシパルに昇進しました。2008年のローザンヌ国際バレエコンクールでも「ジゼルのヴァリエーション」を踊って入賞し、ロイヤル・バレエへの入団を果たしたこともあり、彼女にとっては特別な思い入れがある役です。快活で純朴な村娘から精霊への変化を見せる繊細な表現力、長くしなやかな手脚、強くアカデミックなテクニックの持ち主です。ジゼル役が似合う闇に溶けてしまうような儚さがあり、妖精さながらの跳躍の軽やかさもさることながら、心が壊れていく狂乱の場面のあまりの迫真性には、思わず涙してしまう圧巻の演技で心を奪われてしまいます。2幕では慈愛と崇高さも漂わせ、死してなおも一途にアルブレヒトを愛しぬく姿に胸打たれます。現代最高のジゼルというべき名演となりました。

アルブレヒト役は、貴公子役が似合う端正さと憂いがあり、ジゼルの体重を感じさせない高いリフト技術を持ち合わせて、ジゼルに対する感情の変化をドラマティックに表現する演劇性も持つマシュー・ボール。当初予定されていたスティーヴン・マックレーの降板により急遽の出演となりましたが、とても代役とは思えないほど高田との息もぴったりで、この二人ならではの練り上げられたドラマ性を感じさせる美しく感動的なパフォーマンスとなりました。精霊となって姿は見えていないジゼルの気配を感じながらの演技では、生死を超えて二人の魂が通い合うさまが深く胸を打ちます。ミルタの魔力で踊らされている場面の高く美しい跳躍にも魅せられます。

またジゼルに横恋慕してアルブレヒトの正体を暴き、ウィリたちに取り殺される森番のヒラリオンを熱く演じるのは、振付家としても活躍する実力派のヴァレンティノ・ズケッティ、ウィリの女王ミルタは長身で美貌を誇り支配力の強い新進気鋭のアネット・ブヴォリ。また1幕の収穫祭のペザントの踊りでは、6人のソリストの中に日本出身の若手、前田紗江、五十嵐大地がその直後の悲劇との対比を作り上げる多幸感に満ちた生き生きとした踊りで祝祭的な雰囲気を盛り上げています。もちろん、一糸乱れぬ恐ろしくも美しいウィリたちのコール・ド・バレエも大きな見どころです。

 

来日公演の予習にも、この珠玉の舞台をぜひ映画館で

高田茜をはじめとする世界トップダンサーたちが死をも超える愛と赦しの物語をドラマティックに演じる名作「ジゼル」。すべてのバレエファンに観ていただきたい、心を震わせていつまでも忘れがたい印象を残す珠玉の舞台です。なお、今年7月にはロイヤル・バレエ団の来日公演で『ジゼル』の上演が予定されています。予習としてこの至高の舞台を映画館で観ることで、来日公演もより一層楽しめることでしょう。