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2026.02.19

『くるみ割り人形』見どころをご紹介します

コラム

森菜穂美(舞踊評論家)

ロンドンの冬の風物詩『くるみ割り人形』の魔法
日本出身の中尾太亮がくるみ割り人形役で活躍の舞台、ドラマティックな夢と魔法の世界へようこそ!!

冬の風物詩として子どもから大人まで最も愛されるバレエ作品である『くるみ割り人形』。E.T.A.ホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」をもとに1892年に誕生した本作は、チャイコフスキーの切なく美しい旋律と幻想的な雪の場面や華麗な各国の踊り、クリスマスを舞台にした少女のファンタジックな成長物語が人気を呼び、様々な振付作品が生まれてきました。先日のパリ・オペラ座バレエによるルドルフ・ヌレエフ版『くるみ割り人形』を映画館で楽しまれた方も多いと思いますが、バージョンによる違いに驚かされた方も多いのではないでしょうか。
昨年はロイヤル・バレエでは珍しく『くるみ割り人形』の上演がなく『シンデレラ』が上演されたのですが、やはり『くるみ割り人形』のないクリスマスなんて…ということで待ち望まれて『くるみ割り人形』がロイヤル・バレエに帰ってきました。

 

<ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魅力とは>

ロイヤル・バレエで1984年に初演されて以来、600回以上も上演され愛されてきたピーター・ライト版。ホフマンの原作から導かれた物語性が豊かなことが、大きな魅力の一つとなっています。
発明家のドロッセルマイヤーがねずみ捕りを発明したため、彼の甥ハンス・ピーターがねずみの女王の呪いでくるみ割り人形に姿を変えられてしまったというホフマンの原作に登場するエピソードが、プロローグで示されています。ねずみの王様をやっつけた勇敢な少女クララに愛され助けられることで呪いが解け、ハンス・ピーターが元の姿に戻ってドロッセルマイヤーの元に帰ってくるというハッピーエンディングが待っています。それに加えてクララとハンス・ピーターのほのかな恋の予感が甘酸っぱく素敵な余韻を残してくれます。
真夜中にクリスマスツリーが大きくなる場面のスペクタクル性とワクワク感、ねずみの王様との戦いの活劇とクララの勇敢な活躍、雪の精の群舞が舞い踊る美しい雪の場面、そしてお菓子の国での華やかな饗宴と名場面にあふれています。

多くの「くるみ割り人形」では、クララ役を子役ダンサーが踊り、2幕ではお菓子の国の祝宴のお客様として座っているだけという演出が主流ですが、ロイヤル・バレエのピーター・ライト振付『くるみ割り人形』では、クララと、くるみ割り人形から元の姿になったハンス・ピーターは、雪の場面や、お菓子の国における各国の踊り、さらには花のワルツの中でも一緒にパワフルに踊って、最初から最後まで大きな存在感を見せていて活躍します。各国の踊りは、時代に合わせて改訂が加えられ、ロシアや中国のダイナミックな動きは特に観客を沸かせています。

なお本年の『くるみ割り人形』上演では、舞台上で生みの親であるピーター・ライト卿の99歳の誕生日も祝われ、その様子も幕間映像の中で紹介されています。

 

<マヤラ・マグリとリース・クラーク、ロイヤル・バレエが誇る美麗ペアが主演>

金平糖の精役は、2011年にローザンヌ国際バレエコンクールで1位になり、ロイヤル・バレエ入団後は数々の作品に主演し高い技術と演技力で観客を魅了してきたマヤラ・マグリが演じています。揺るぎのないクラシック技術とすぐれた音楽性、明るく温かいオーラを放つ金平糖の精として輝いています。コーダでの驚異的な高速回転など、マヤラの超絶なテクニックはバレエを観る楽しさを実感させてくれます。幕間映像で、マヤラは子ども時代、ロイヤル・バレエで活躍していた吉田都が演じる金平糖の精をDVDで観て彼女に憧れ、参考にして研究していたと語っており、吉田さんの当時の貴重な舞台写真も紹介されます。
王子役には、ハリウッドスターのような美丈夫ぶり、長い手脚をのびやかに使ったダイナミックな踊りの貴公子リース・クラーク。サポートのうまさにも定評があり、パリ・オペラ座、アメリカン・バレエ・シアター、ミラノ・スカラ座など世界中の舞台で引っ張りだこです。リースとマヤラの長身美麗ペアによる息の合ったパ・ド・ドゥやリフトなど、パートナーシップでも魅せて夢のような時間を与えてくれます。

 

<ライジング・スターが抜擢されるクララとハンス・ピーター役、若手日本人ダンサーも活躍>

クララ役やハンス・ピーター役は、若手のスター候補ダンサーが抜擢されることが多く、のちにプリンシパルに昇格して、金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥという主役を踊るダンサーもいます。

今回、クララを演じるのは、2020年に入団して以来様々な役に抜擢され、まだファースト・アーティストながらこの後に上演される『ジゼル』で主演デビューを飾る予定の新星マリアンナ・ツェンベンホイ。YAGPファイナルで金賞に輝いたことからロイヤル・バレエスクールで学んだ注目の若手です。ウクライナとアフリカ系の血を引き、ウクライナ支援のチャリティ公演でも活躍してきました。少女の面影が残る清楚な美しさと繊細な表現力、磨かれたクラシック技術の持ち主です。ハンス・ピーター役は、日本出身の中尾太亮が演じています。『シンデレラ』の映画館上映での道化役、また『夏の夜の夢』のパック、『白鳥の湖』のベンノ、『マイヤーリング』のブラットフィッシュ役など高度なテクニックを駆使する役で活躍してきました。美しいつま先と軽やかな跳躍、端正な技術で信頼されているソリストです。少女クララの憧れを体現したような爽やかな好青年ぶりも魅力的で、これからの躍進が期待されています。ライト版の『くるみ割り人形』は、クララとハンス・ピーターがお菓子の国での各国の踊りと一緒に踊るなど、活躍の場面がとても多く、ロマンティックな松林のパ・ド・ドゥはじめ、たっぷりと踊りも演技も楽しめます。

今回注目の配役は、この『くるみ割り人形』では主役と言えるほどの存在感を持つ魔術師ドロッセルマイヤー役を、元々貴公子を演じてきたジェームズ・ヘイが演じることです。『シンデレラ』の義理の姉役に続き、『リーズの結婚』シネマ上映で女装して未亡人シモーヌ役を好演し、そのチャーミングな芸達者ぶりで新境地を開きました。ロイヤル・バレエスクール在籍中の11歳の時に子役として『くるみ割り人形』に出演し、以後25年の間、クララの弟フリッツ役から中国、ロシア、そしてハンス・ピーター役まで踊ってきた彼が、カリスマ性のあるドロッセルマイヤー役へと進化していった姿に胸を熱くする人もいることでしょう。

毎回日本人ダンサーの活躍を見ることができるのを楽しみにしている人も多いはず。ハンス・ピーター役の中尾太亮はもちろんのこと、1幕のパーティシーンでクララのパートナー役を(他日公演ではハンス・ピーター役も演じている)五十嵐大地が務め、1幕の人形劇に登場するヴィヴァンディエール役と、2幕の花のワルツリード役で桂千理が魅力的に踊ります。佐々木須弥奈も雪のコール・ド・バレエで活躍しています。

 

<金平糖の精のパ・ド・ドゥ、この上なく美しく甘く切ない踊りの秘密>

『くるみ割り人形』のクライマックスは、金平糖の精のグラン・パ・ド・ドゥ。クラシック・バレエの中でも究極のパ・ド・ドゥと言えるこの場面は、まるで天国にいるようなバレエの美の結晶です。甘く切ない旋律が胸を締め付けますが、チャイコフスキーが『くるみ割り人形』を作曲中に最愛の妹アレクサンドラを亡くし、その悲しみがこの曲に込められていると言われています。チャイコフスキーが、他の作曲家に知られないようにパリからロシアにひそかに持ち込んだ鍵盤楽器チェレスタの音色も、天国からの響きのようです。「金平糖が床に飛び散るような」「ケーキの上のアイシングのような」優雅な上半身の動きにくっきりとした足捌きが輝くキラキラした金平糖の精のソロ、王子の超絶技巧を詰め込んだソロ、コーダの高速回転など見せ場が満載です。

また、バレエの舞台には欠かせない靴の秘密が、今回のシネマ上映の幕間映像では見られます。金平糖の精役の魅力の一つである精緻なポワントワークを見せるマヤラ・マグリ。彼女が履いていたトウシューズをクローズアップで観ることができ、どのような加工をトウシューズに施しているかも知ることができるのは、バレエを学んでいる人にとってはとても興味深いはず。

 

<世界中で愛される『くるみ割り人形』の中でも、ロイヤル・バレエ版は決定版>

ピーター・ライト振付の『くるみ割り人形』は数ある『くるみ割り人形』の中でも、いつまでも色あせない幸福感にあふれ、世界でも最も人気のあるプロダクションの一つです。日本円で4万円以上もするという高額チケットも発売と同時にすべての公演が売り切れるほど。本拠地ロイヤル・オペラハウスでしか観られないこの人気作品を日本の映画館で、現地直送の臨場感たっぷりに観ることができるのが、このシネマシーズンの魅力です。初めてのバレエ鑑賞にもおすすめの、誰でも楽しめる作品です。世界最高のロイヤル・バレエのトップダンサーによる、バレエの魔法に夢見心地の2時間36分をぜひ映画館で!