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2025.09.17

ロイヤル・バレエ『バレエ・トゥ・ブロードウェイ』見どころをご紹介します

コラム

森菜穂美(舞踊評論家)

世界中でヒットした『不思議の国のアリス』や、トニー賞を受賞し劇団四季でも上演されたミュージカル『パリのアメリカ人』で知られる、現代最高の振付家クリストファー・ウィールドン。「バレエ・トゥ・ブロードウェイ」は、彼が生み出したバラエティに富んで美しい4作品で構成され、夢のような時間に浸ることができるプログラム。バレエファンだけでなく、ミュージカル好きにもきっと楽しめることだろう。

英国生まれのウィールドンはローザンヌ国際バレエコンクールでゴールドメダルを受賞し、ロイヤル・バレエに入団した後1993年にニューヨーク・シティ・バレエに移籍。若い時から振付の才能を発揮し、28歳の時に同バレエ団の専属振付家に就任。以降、同バレエ団のみならず、ボリショイ・バレエ、パリ・オペラ座バレエ、サンフランシスコ・バレエ、オランダ国立バレエ、ボストン・バレエ、オーストラリア・バレエなど世界中のバレエ団に作品を提供してきた。2011年にロイヤル・バレエで初演された『不思議の国のアリス』は、ロイヤルでは20年ぶりに委嘱された全幕新作バレエ作品で大人気を呼び、日本を含む世界各国で上演され愛され続けている。2012年にロイヤル・バレエのアーティスティック・アソシエイトに就任し、ロイヤル・バレエに振り付けた『冬物語』はバレエ界のアカデミー賞と呼ばれるブノワ賞を受賞した。同年のロンドン・オリンピックでは閉会式の振付を手掛けた。2014年にはミュージカル『パリのアメリカ人』を振付・演出してトニー賞4部門に輝き、2024年にはマイケル・ジャクソンを描いたミュージカル『MJ the Musical』の振付・演出を手掛けてトニー賞とオリヴィエ賞を受賞する等、ミュージカル界でも高い評価を得ている。話題となったAmazon Primeのバレエ界を舞台にした連続ドラマ『エトワール』では、本人役で重要な役割を持って出演し、このドラマのための新作振付作品も提供した。最新作は、オーストラリア・バレエのために振り付けた、オスカー・ワイルドの生涯を描いた『オスカー』で大きな話題を呼んだ。

ウィールドン作品の特徴は、類まれな音楽性の豊かさと、振付によって形作られるフォルムの美しさ、パ・ド・ドゥ(デュエット)の巧みさにある。今回の「バレエ・トゥ・ブロードウェイ」で上演される『フールズ・パラダイス』では、『不思議の国のアリス』『冬物語』『赤い薔薇ソースの伝説』の全幕3作品でも組んでいる作曲家ジョビー・タルボットに音楽を委嘱し、ダンサーたちの肉体が作り出す様々なフォルムと音楽を融合させている。『トゥー・オブ・アス(ふたり)』では、ジョニ・ミッチェルの歌を爽やかながらどこか切なさの漂う物語を感じるダンスにして余韻を残し、『パリのアメリカ人』ではガーシュインの有名な名曲を、万華鏡のような華麗で絶えず変化し続けるスペクタクルに仕上げている。男性同士のデュエットを積極的に取り入れているのもウィールドンならではの特徴で、『フールズ・パラダイス』や『Us(僕たち)』には美しい男性パ・ド・ドゥが登場する。

 

今回の4作品を紹介しよう。

『フールズ・パラダイス』は2007年、ウィールドンが34歳の時に自身のカンパニー、モーフォーセズに振り付け、作曲家ジョビー・タルボットとの長きにわたるコラボレーションの第一歩となった。ファッションデザイナーのナルシソ・ロドリゲスが手掛けた肌色のミニマルな衣裳に身を包んだ9人のダンサーたちが、刻々と変化していく美しいフォルムを作り上げ、トリオやデュオでのダンスを繰り広げ、ウィールドンの優れた構成力も光る。高田茜とウィリアム・ブレイスウェル、ヴィオラ・パントゥーソとリアム・ボズウェル、マリアネラ・ヌニェスとルーカス・B・ブレンツロドの3組のペア(及びブレイスウェルとボズウェルの男性ペア)の生み出す複雑ながらもクリアな動きは目を捉えて離さず、まるで生ける彫刻のようだ。ダンサーたちの研ぎ澄まされたラインと強靭な身体能力、どこか詩的な雰囲気も漂う優美な作品で、全員でロダンの彫刻のようなポーズを創り上げる鮮烈なラストは圧巻だ。

『トゥー・オブ・アス(ふたり)』は、2020年、コロナ禍最中のニューヨークでの「フォール・フォー・ダンス」フェスティバルで無観客配信として初演。ニューヨーク・シティ・バレエのサラ・マーンズと、元アメリカン・バレエ・シアター、ボリショイ・バレエ、現オーストラリア・バレエ芸術監督のデヴィッド・ホールバーグのために振り付けられた作品で、ホールバーグの現役時代最後の舞台となった。伝説的なシンガー、ジョニ・ミッチェルの名曲4曲を、日本でも90年代に人気を博し9月に来日公演も予定されているジュリア・フォーダムが柔らかで深みのある声を駆使して舞台上で歌い、一組の男女のそれぞれの人生の季節、邂逅と別れを親密さをこめて描く。ローレン・カスバートソンとカルヴィン・リチャードソンの奔放さの中にある繊細な表現力、軽やかで少し切ないダンスは人生の輝きと心の揺らぎ、機微を伝えて爽やかな余韻を残す。この作品の中の「恋するラジオ」(カスバートソンの夢見るようなソロ)は、今年のローザンヌ国際バレエコンクールの課題曲にも採用されて、日本でもテレビ放映された。

『Us(僕たち)』は、ロイヤル・バレエ出身のデュオ、バレエ・ボーイズ(ウィリアム・トレヴィットとマイケル・ナン)のためにウィールドンが2007年に創作し、今回がロイヤル・バレエでの初演。男性同士の力強くも優しさも感じられるコンタクトの多い官能的なデュエット作品。お互いに身体を預け、引き合い、交互にリフトし合うなど、男性ダンサーならではの表現も観られる。マシュー・ボールとジョセフ・シセンズによる美しいパ・ド・ドゥは、手を触れ合う動作と共にふたりの絆を感じさせるパートナーリングが濃密で目が離せない。

『パリのアメリカ人』はトニー賞4部門に輝き、劇団四季でも上演された同名の大ヒットミュージカル作品からの25分間の抜粋(ミュージカル版より長くしたバージョンとなっている)。オリジナルはもちろん、ジーン・ケリー、レスリー・キャロンが主演してアカデミー賞6部門に輝いた名作映画『巴里のアメリカ人』で、ウィールドンがミュージカル版へのリメイクを手掛けた。
ミュージカル版も初演はニューヨーク・シティ・バレエのプリンシパル、ロビー・フェアチャイルドと当時ロイヤル・バレエのファースト・アーティストだったリアン・コープだったこともあり、バレエのテクニックを駆使した作品となっている。主人公のリーズとジェリーがセーヌ川のほとりで踊るロマンティックなパ・ド・ドゥと、これぞブロードウェイ・ミュージカルというべき、大きなアンサンブルによる万華鏡のような壮麗な劇中劇の場面が見事に融合。ミュージカル映画『キャッツ』に出演したフランチェスカ・ヘイワードと、少年時代に『ビリー・エリオット』でビリー役を演じたセザール・コラレスの生き生きとして華麗なデュエットは、往年のハリウッド黄金期ミュージカルのスターたちのよう。
ガーシュインのメロディに乗せて、モンドリアンを思わせるジオメトリックで色彩豊かな衣装、ロシア・アヴァンギャルドの影響を感じさせる大胆な舞台装置。トウシューズを履いたダンサーとヒールを履いたダンサーが混在するスペクタクルなダンスはバレエファンだけでなくミュージカルファンにも至福の時をもたらしてくれるはず。

幕間では、ウィールドン本人のインタビューを始め、『トゥー・オブ・アス(ふたり)』出演のローレン・カスバートソンとウィリアム・ブレイスウェルの対談とリハーサル、『Us(僕たち)』のマシュー・ボールとジョセフ・シセンズのリハーサル、『Us(僕たち)』を初演したバレエ・ボーイズのウィリアム・トレヴィットとマイケル・ナンのインタビュー、そして『パリのアメリカ人』ミュージカル版でリーズ役を演じた元ロイヤル・バレエのリアン・コープが出演に至った逸話を披露するなど、楽しい映像が盛りだくさんとなっている。

ウィールドンの見事な音楽性と、ダンスの動きの中に込められた物語性、そしてデュエットを作る稀有な才能をたっぷりと味わえる4作品。センシュアルなパ・ド・ドゥから華麗でスケールの大きなミュージカル作品まで、ロイヤル・バレエの夢のような時間を映画館でぜひお楽しみあれ。