ニュース

2025.06.18

ロイヤル・オペラ『トゥーランドット』見どころをご紹介します

コラム

井内美香(オペラ・キュレーター)

ロイヤル・オペラ屈指の人気プロダクション

英国ロイヤル・オペラで長年愛されるアンドレイ・セルバン演出のプッチーニ《トゥーランドット》。1984年の初演以来、劇場が誇る最古のプロダクションとして知られています。

初演時にはイギリス出身の名歌手ギネス・ジョーンズがトゥーランドット、プラシド・ドミンゴがカラフという豪華キャストで上演されました。1986年の英国ロイヤル・オペラ日本公演でも(この時は違うキャストでしたが)上演され、大きな反響を呼びました。筆者も1993年にロンドンで鑑賞し、ジョーンズの圧倒的な歌声と美しい舞台美術に深く感銘を受けました。

セルバン演出はその後も再演を重ね、観客を魅了し続けています。2013年には中村恵理がリューを演じ、映像作品としても発売。昨年の英国ロイヤル・オペラ日本公演でも再び上演され、初演40周年を日本で祝いました。

セルバン演出の魅力は、《トゥーランドット》の世界観を余すところなく描き出す点にあります。舞台を囲む二階建ての木製ギャラリーに合唱団を配置し、暗闇に浮かび上がる鮮やかな色彩の美術セットは、古の中国を彷彿とさせ、音響的にも演劇的にも理想の空間を作り出しています。仮面をつけたダンサーたちの振付はケイト・フラットが担当し、太極拳の動きを取り入れた独特の雰囲気を持つもの。照明とスモークの効果的な使用も、舞台をドラマティックに彩ります。

今回、2025年4月公演を撮影したシネマ版《トゥーランドット》を試写で鑑賞し、その素晴らしさに圧倒されました。シネマ版ならではの特典として収録されている関係者インタビューも興味深く、初演時の振付家ケイト・フラットが演出について語る貴重な映像は必見です。

セルバン演出で重要な役割を担うのは、ピン・パン・ポンの3人。音楽的にも重要なパートを受け持つ彼らは、躍動的な動きを見せる一方、故郷を懐かしむ場面などでは、人間味あふれる一面を見せてくれます。彼らのインタビュー場面も印象的でした。

トゥーランドット姫を演じるソンドラ・ラドヴァノフスキーは、2024年の日本公演に出演予定でしたが、病気のため来日が叶いませんでした。今回のシネマ版では、ついにラドヴァノフスキーが登場します。彼女の歌唱は圧巻の一言。第2幕の登場のアリアでは、その歌唱力で観客を魅了し、音楽的なクライマックスへと導きます。第3幕では、トゥーランドットの苦しみ、悲しみ、そしてカラフへの心情を見事に表現しています。

カラフを演じるソクジョン・ベクも、ラドヴァノフスキーに引けを取りません。意志の強さと優しさを併せ持つカラフ像に共感できると同時に、ベクの声は「誰も寝てはならぬ」を歌うためにあるのでは、と思わせる素晴らしさです。リューを演じるサマーフィールドも、音楽性豊かな歌唱で観客を魅了します。

指揮を務めるのは、ラファエル・パヤーレ。日本公演ではアントニオ・パッパーノの集中力のある名演を聴くことができましたが、パヤーレの指揮にはまた違った魅力があります。楽器それぞれの美しさを引き出し、歌を丁寧に聴きながら、ソリストたちの最高のパフォーマンスを引き出す手腕に驚きました。新たな才能の出現を実感させられます。

《トゥーランドット》というオペラの素晴らしさは、プッチーニが生み出したリューの存在にあります。カラフを愛し、自己犠牲によって愛を昇華させるリュー。彼女の死後、カラフがトゥーランドットと結ばれることに違和感を覚える人もいるかもしれません。プッチーニが最後に手がけたオペラであり、リューの死の場面以降はアルファーノがオーケストラ部分を完成させたため、プッチーニが最終的にどのような結末を望んでいたのかは不明です。

しかし、セルバン演出の舞台を観ていると、最後に彼が見せるリューの存在が、ドラマの核心をついたものだと納得させられます。数多くの葛藤を抱えながら生きる現代の人々こそ、プッチーニの音楽をこの上ない形で表現したこの舞台を、ぜひ体験していただきたいです。シネマ版での鑑賞は、劇場とは異なる視点から作品の魅力を再発見する絶好の機会となるでしょう。