ニュース

2022.04.06

バレエ『ロミオとジュリエット』を初心者でもわかりやすく解説します

column_news_bottom

森 菜穂美 (舞踊評論家)

2022年は「ロミオとジュリエット」の当たり年!
 今年2022年は日本のバレエ界では『ロミオとジュリエット』の当たり年。国内バレエ団でもK-Ballet Company、東京バレエ団、松山バレエ団、NBAバレエ団と上演が続きます。また映画では『ロミオとジュリエット』を下敷きにしたミュージカル映画の金字塔『ウェスト・サイド・ストーリー』が巨匠スピルバーグの手でリメイクされ、アカデミー賞にもノミネートされ、助演女優賞を受賞しました。他にも昨年11月にリリースされた、アイドルグループなにわ男子のデビュー曲「初心LOVE(うぶらぶ)」では、「二人はめげないロミジュリ」という一節が登場するなど、耳にも形を変えて飛び込んできています。

時代を超えて
 400年以上前に生まれた『ロミオとジュリエット』がなぜ、今も多くの人々に支持されるのでしょうか?そして1965年初演の、ケネス・マクミランの振付による『ロミオとジュリエット』はなぜ数ある『ロミオとジュリエット』の中でも決定版と言われているのでしょうか?そこには、今だからこそ心に響く普遍的なメッセージがあるからです。
 二つの名家キャピュレット家とモンタギュー家の争いは、2022年の世界に暗い影を落としたロシアとウクライナの紛争に見られるように、今も絶えない国際紛争や、Black Lives Matterに象徴されるような人種差別や貧富の差、格差による分断を象徴するように感じられます。スピルバーグ版『ウェスト・サイド・ストーリー』が生まれたのは、この分断がより顕著になってきた今だからこそ伝えたいメッセージがあるという背景からでした。憎しみの連鎖がより大きな悲劇を生み、無垢だったはずの若者が悲劇を迎えてしまうことで争いの虚しさを伝えています。

ジュリエットは世界で最初のフェミニスト
 もう一つ忘れてはならないのは、ジュリエットの描き方です。マクミラン版の『ロミオとジュリエット』を踊った歴代のダンサーの中でも、特にこの役を当たり役としたロイヤル・バレエ団、元プリンシパルのアレッサンドラ・フェリ、そして現役でジュリエットを踊っているロイヤル・バレエ団プリンシパルのサラ・ラムは共に、「ジュリエットは世界で最初のフェミニスト」だと語っています。ジュリエットは14歳と少女の設定ですが、その彼女が、たった一人で家の権威に立ち向かい、両親の意思に反して愛を貫く決意をして勇気ある選択をします。バレエの中では、わずか数日間の間に大人への階段を駆け上り、成長していくジュリエットの姿が印象的ですが、このような強いヒロイン像が400年以上も前に生まれたことに、シェイクスピアの先進性を感じます。
 スピルバーグ版の『ウェスト・サイド・ストーリー』のヒロイン、マリアも自分の方から積極的にロミオにキスをし、そして働いてお金を稼ぎ、大学に行って学ぶという夢を語るなど、自立した女性として描かれています。

踊らない振付
 もちろん、プロコフィエフ作曲による音楽の魅力もバレエ『ロミオとジュリエット』の大きな魅力の一つです。甘美な「バルコニーのパ・ド・ドゥ」、重厚な「騎士たちの踊り」(CMでもおなじみ)、躍動感のある市場の踊り。時に雄大で時に繊細、ドラマティックで華麗な旋律が心を揺さぶります。登場人物のキャラクターを象徴させるライトモチーフの使い方も印象的です。
 そしてマクミラン版『ロミオとジュリエット』の魅力は、何より3つのパ・ド・ドゥの振付の巧みさと音楽との一体化です。「バルコニーのパ・ド・ドゥ」での恋のときめきと高揚感、疾走感は比類のないものです。
さらにそれまでのバレエ作品では見られなかった、常識を覆すような振付も登場します。象徴的なのは、3幕で窮地に追い込まれたジュリエットが、バレエダンサーにも関わらずベッドの上にただ座り、身動きもせず、ただ前を見据える屈指の名場面。雄弁な音楽が流れていき、ジュリエットが愛を貫く決意をする心情が伝わってきます。
 最終場面、墓所で仮死状態になったジュリエットとロミオのパ・ド・ドゥは、「死体は踊らないのでは?」と初演当初には賛否両論を巻き起こしましたが、作品の悲劇性を強調する場面として強烈な印象を残します。マクミランは、若い二人が両家の対立の結果、むごたらしく死ぬ様子をこの作品で描きたかったと語り、ダンサーには醜く見えることを恐れるなと伝えていました。

次世代を代表するフレッシュなダンサー
 ドラマティック・バレエの最高峰である『ロミオとジュリエット』は演技力に優れた英国ロイヤル・バレエを代表する作品です。街の人々や貴族など一人一人の登場人物が、その人の人生を舞台上で生きています。
ジュリエット役のアナ=ローズ・オサリバンは27歳、昨年プリンシパルに昇格したばかりのフレッシュなダンサー。ロイヤル・バレエ・スクール育ちの英国人で、若き日のキャメロン・ディアスを思わせる煌めく青い瞳、愛らしい微笑みが印象的です。往年の名バレリーナ、レスリー・コリアに伝授された正確なテクニックと音楽性に加え、ナチュラルでデリケートなニュアンスを伝える演技力も素晴らしく、これからも楽しみなニューヒロインです。
 ロミオ役のマルセリーノ・サンベはポルトガル出身、アフリカン・ダンスからバレエの世界に入りました。天性の身体能力から導き出される超絶技巧とリズム感もさることながら、明るくチャーミングなキャラクターも魅力的です。ロイヤル・バレエでは史上2番目の黒人男性プリンシパル・ダンサーです。
 二人はロイヤル・バレエ・スクールの同級生として長くパートナーシップを築いてきており、『ロミオとジュリエット』ではその相性の良さが最大限に発揮されています。彼らの「バルコニーのパ・ド・ドゥ」の清新さには、思わず胸がキュンとします。原作ではロミオもジュリエットも10代という若さであるため、初々しくエネルギーにあふれたこの若手キャストによる舞台は特にリアリティが感じられます。

 このシネマシーズンでは、生の舞台の興奮を楽しめますが、特にドラマ性が高い『ロミオとジュリエット』は、出演者の顔の表情のクローズアップも要所で登場し、生の舞台では得られない体験もできます。幕間のインタビューやリハーサル映像も楽しいですが、本作では2013年までプリンシパルとして活躍し、新国立劇場バレエ団にもこの役でゲスト出演するなど名ジュリエットの一人であるリャーン・ベンジャミンと、先日引退し指導者になったエドワード・ワトソン、二人の元プリンシパルによる生のトークも興味深くファンには見逃せません。

~ご参考まで~
https://www.nbs.or.jp/stages/2022/romeo/index.html

http://www.matsuyama-ballet.com/newprogram/romeo_juliet_all.html

https://nbaballet.org/official/romeo_and_juliet/

column_news_bottom