石川了(音楽・舞踊ナビゲーター)
海外ドラマにも匹敵するストーリー~《トスカ》はドラマ好きにも面白い!
まるでジェットコースタードラマ!
『24 -TWENTY FOUR-』『ウォーキング・デッド』『愛の不時着』『イカゲーム』…。皆さんはどんな海外ドラマがお好きだろうか。今やアメリカ、韓国のみならず、中国や東南アジア、北欧、トルコなどのドラマも視聴可能になり、海外ドラマの人気はジャンルや老若男女を問わない。そんなドラマ好きが、もしクラシック音楽にちょっと興味があり、オペラも一度は観てみたいと思っているなら、この「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2021/22」の《トスカ》は、そのきっかけとしてオススメだ。
オペラ自体は2時間位と見やすく、ストーリーは恋愛から疑い、嫉妬、罠、拷問、殺人へと一気に展開する、まるでジェットコースタードラマ。《蝶々夫人》《ラ・ボエーム》《トゥーランドット》で知られるイタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニの音楽はどこまでも美しく、1話40分を3話分(全3幕)イッキ見する感覚で楽しめる。
オペラの宝石
舞台は、ナポレオン軍がヨーロッパを席巻中の1800年6月。共和国が廃止され、ナポリ王国の警察長官スカルピアが恐怖政治を敷くローマ。共和派の画家カヴァラドッシは脱獄したアンジェロッティをかくまうが、カヴァラドッシの恋人トスカは彼の行動を疑う。スカルピアはトスカの嫉妬心を利用して罠にかけ、カヴァラドッシを逮捕し拷問にかける。トスカは、カヴァラドッシの命と引き替えに彼女の身体を要求してきたスカルピアを殺害。恋人たちはスカルピアの手から逃れたようにみえたのだが…。
カヴァラドッシがトスカへの愛を歌う「妙なる調和」、トスカに罠を仕掛けたスカルピアの「行け、トスカ~テ・デウム」、自らの過酷な運命に絶望するトスカの絶唱「歌に生き、愛に生き」、処刑を前にカヴァラドッシがトスカを想う「星は光りぬ」など、緊迫のドラマに散りばめられた名アリアの数々は、このオペラの宝石だ。
旬のアーティスト!
この「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2021/22《トスカ》」は、日本ではあまり知られていないヨーロッパで今旬のアーティストにも注目したい。日本の音楽ファンにとっては、噂で聞く彼らの活躍ぶりを自分の目と耳でチェックできる絶好の機会だ。
まずはトスカを演じる1986年ロシア生まれのソプラノ、エレナ・スティヒナ。2019年ザルツブルク音楽祭《メデイア》を皮切りに、マリインスキー歌劇場《炎の天使》(ヴァレリー・ゲルギエフ指揮)やミラノ・スカラ座《サロメ》(リッカルド・シャイー指揮)など、主要歌劇場で評判となっている若手ソプラノだ。カヴァラドッシを歌う1994年英国生まれのフレディ・デ・トンマーゾは、20代半ばにして名門レーベル、デッカ・クラシックスと契約したテノールの若き逸材。スカルピアを演じるラッセル・クロウ似のアレクセイ・マルコフは、マリインスキー歌劇場来日公演でもおなじみのロシアのイケメンバリトンだ。
指揮は、本公演でロイヤル・オペラ・ハウスデビューを飾った1978年ウクライナ出身の女性指揮者オクサナ・リーニフ。2021年にバイロイト音楽祭初の女性として《さまよえるオランダ人》を指揮。2022年1月からボローニャ歌劇場音楽監督(イタリアの歌劇場初の女性監督)に就任。破竹の勢いで、今もっとも目が離せないオペラ指揮者だ。
彼女は、バイエルン州立歌劇場の当時の音楽総監督キリル・ペトレンコ(現在はベルリン・フィル首席指揮者・芸術監督)のアシスタントを務め、劇場たたき上げのキャリアを積み上げてきた。この《トスカ》では、歌手とオーケストラをコントロールし、歌手の声を守りながらオーケストラも存分に歌わせる、師匠譲りの歌心と絶妙なバランス感覚が素晴らしい。第2幕と第3幕の休憩時に挿入される彼女のインタビューとリハーサル風景も必見だ。
ドラマファンにとってもクラシック音楽ファンにとっても、「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン」は、感染対策が万全な映画館における新しいエンターテイメントとして楽しめるはずだ。海外ドラマのワクワク・ハラハラをオペラでも共有できる《トスカ》を、オペラハウスの臨場感が味わえる大スクリーンと迫力のサウンドで、ぜひ一度体験してみてほしい。