2023.02.22

バレエ『くるみ割り人形』の魅力、見どころを、を解説します

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森菜穂美(舞踊評論家)

冬の風物詩として、最も愛されるバレエ作品である『くるみ割り人形』。E.T.Aホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」をもとに1892年に誕生した本作は、チャイコフスキーの切なく美しい旋律と幻想的な雪の場面や華麗なディヴェルティスマン、クリスマスを舞台にした少女のファンタジックな成長物語が人気を呼び、様々な振付作品が誕生してきた。

<ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魅力とは>

ロイヤル・バレエで上演されているピーター・ライト版は、1984年に初演。ホフマンの原作に登場する、ねずみ捕りを発明家のドロッセルマイヤーが発明したため、彼の甥ハンス・ピーターがねずみの女王の呪いでくるみ割り人形に姿を変えられてしまうというエピソードがプロローグで示される。クララに愛されることで呪いが解け、ハンス・ピーターが元の姿に戻ってドロッセルマイヤーの元に帰ってくるという物語性がはっきりしていることが、大きな魅力の一つとなっている。

ロイヤル・バレエではこの『くるみ割り人形』は初演以来550回も上演されており、この『くるみ割り人形』なしではクリスマスは迎えられない、とチケットもすぐにソールドアウトになる、バレエ団きっての人気演目である。ロイヤル・バレエならではの演劇性とハッピーエンド、大きくなるクリスマスツリーのドラマチックな演出、女の子の夢を具現化したような、甘く豪華絢爛なお菓子の国と金平糖の精の華麗な踊りが観客を幸福感で包む。子どもから大人まで誰もが夢と冒険の世界でワクワクできることが人気の秘訣だ。

<フルバージョンの『くるみ割り人形』が3年ぶりに帰ってきた!>

ロイヤル・バレエの『くるみ割り人形』も、2020年の世界的なパンデミックで試練を迎えた。同年12月に、ねずみと兵隊の戦いの場面に新振付を導入して大人のダンサーが踊り、子役の出演者を減らすなど一部演出を変更して上演されたものの、感染状況の悪化のためわずか4公演の上演で中止となってしまった。2021年の12月には、引き続きこのパンデミック対応版が上演されたが、コロナ禍で沈んでいたロンドン市民に、舞台芸術の美しさと興奮をもたらした。そしてついに今回の2022年上演では、パンデミック以前の、愛らしい子役たちがパーティーシーンや戦いの場面で舞台を駆け回る、にぎやかでハッピーな『くるみ割り人形』が帰ってきた!

<プリマ・バレリーナの輝き、金子扶生とニューヒロイン、前田紗江>

今回のシネマ上映で、主役の金平糖の精を演じるのは金子扶生。登場場面は短いけれども、10数分の中で圧倒的な輝きを見せてクララの夢を体現する役だ。難しい技術を用いながらもそれを感じさせず、砂糖菓子のように甘美に、優雅に舞う。今回は往年の大スター、ダーシー・バッセルに指導を受け、エレガントな中にもダイナミックでスピード感も感じさせる華やかさと豊かな音楽性を見せた。大阪出身の金子は、大怪我のため踊れない時期を経て復活し花開いた。2019年にやはり映画館に中継された『眠れる森の美女』で鮮烈な印象を残し、2021年にプリンシパルに昇進。今年のお正月にはイタリアの国民的スター、ロベルト・ボッレとイタリア国営放送のテレビ番組で共演するなど、今やロイヤル・バレエを代表するスターとなった。すらりとした長身に長い手足で舞台映えする華やかな容姿に加え、クラシック・バレエの技術の高さに定評がある。さらに最近では『うたかたの恋―マイヤリング』でマリー・ラリッシュ伯爵夫人役、『赤い薔薇ソースの伝説』ではママ・エレナ役など演技力を要求される難役でも高く評価されている。

金平糖の精は、なんといっても日本の誇る世界の至宝、吉田都がロイヤル・バレエ時代に得意としていた役であり、3回もDVDに収録されたほどである。金子はこの吉田の金平糖の精に憧れ、何百回もこの映像を観たとのことだが、これからは、世界のバレエ少女たちは金子の金平糖の精に憧れるに違いない。

一方、『くるみ割り人形』の物語上のヒロイン、少女クララ役を演じているのは横浜出身の前田紗江。2014年にローザンヌ国際バレエコンクールで2位に輝き、2018年にロイヤル・バレエに正団員として入団した。『白鳥の湖』ではジークフリート王子の妹、『眠れる森の美女』ではフロリナ王女など主要な役への抜擢が続き、クララ役には2021年にデビュー。伸びやかな表現と正確な技術、明るい笑顔がチャーミングだ。クララ役は未来のスターが演じることが多い役で、現在プリンシパルとして活躍するフランチェスカ・ヘイワード、アナ=ローズ・オサリヴァンらも演じてきた。この版では最初から最後までずっと舞台に出ずっぱりのハードな役である。まだ20代前半の前田のこれからの活躍に期待したい。

<日本人ダンサーの活躍、ほかにも注目の若手スターがたくさん!>

金子、前田のほかにも、別公演で金平糖の精役に抜擢された佐々木万璃子が今回は花のワルツのソリスト役を踊った。若手の中尾太亮が1幕でドロッセルマイヤーの助手役、2幕ではダイナミックな跳躍など超絶技巧を見せる中国の踊りを踊っている。金子のパートナーとして金平糖の精の王子役を踊るのは、映画版『ロミオとジュリエット』でロミオ役を踊り、注目されている貴公子ウィリアム・ブレイスウェル。またくるみ割り人形/ハンス・ピーター役には、次期プリンシパル最有力候補でアフリカ系のジョセフ・シセンズ。ドキュメンタリー映画『バレエ・ボーイズ』に出演したルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロドがセクシーなアラビアの踊りで成長した姿を見せるなど、ロイヤル・バレエの魅力的なダンサーが多数出演し、お楽しみがいっぱいの『くるみ割り人形』、お見逃しなく。

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