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2022.05.17

オペラ『リゴレット』を初心者でもわかりやすく解説します

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石川了(音楽・舞踊ナビゲーター)

新演出版で今が旬の歌手たちの競演!
パルマでの出来事
 今でも忘れられない、2012年パルマのヴェルディ・フェスティバル「リゴレット」を取材したときの出来事を紹介したい。
 休憩時にトイレに行くと、一人のおじいさんが口笛を吹きながら用を足していた。音楽は、「リゴレット」第三幕の四重唱。すると、トイレに居た男性たちも次々とその旋律を口笛で吹き始め、テアトロ・レージョ(パルマ王立歌劇場)の男子トイレが口笛による「リゴレット」の四重唱で満たされた。
 そう、「リゴレット」の魅力は、この誰もが口ずさめる(口笛でも吹ける)音楽なのだ。

 「リゴレット」は、19世紀のイタリアの作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの中期三大傑作のひとつ(他二作は「椿姫」「イル・トロヴァトーレ」)。マントヴァ公爵に仕える道化師リゴレットは、一人娘のジルダを公爵にもてあそばれ、殺し屋スパラフチーレに彼の殺害を依頼するが、公爵を愛するジルダは身代わりとなって殺されるというストーリーだ。
 ヴェルディは、若くして2人の子供と妻マルゲリータを亡くし、二番目の妻ジュゼッピーナ・ストレッポーニは私生児の母であったことから世間の冷たい視線を浴びた。そのような悲しみや苦しみ、そしてヴェルディの父親としての亡き子供たちへの想いが、身体に障害を持つ道化という社会的弱者を主人公に、父娘の愛情を描く心揺さぶられる音楽ドラマを生んだのだと思う。

新プロダクションでのパフォーマンス
 本作は英国ロイヤル・オペラ・ハウスのシーズンの開幕を飾った公演で、演出家のオリバー・ミアーズにとっては、ROHオペラ・ディレクターとして2017年3月に就任以来、初演出となる新プロダクションだ。
この演出では、富と特権を享受する好色なマントヴァ公爵が、美術品の目利きでもあるという設定がユニーク。第一幕では、会員制クラブ風の部屋にティツィアーノの傑作『ウルビーノのヴィーナス』が大きく飾られ、公爵は「女性」と「美術品」の収集家で、両方ともモノ扱いしているという性格が暗示される。
 格差、ジェンダー、社会の分断といった問題も反映され、古典(クラシック)は決して古臭いものではなく、現代にも通じるテーマであることを感じる舞台だ。

 タイトルロールを歌うスペインのバリトン、カルロス・アルバレスは、4年前の筆者のインタビューで、リゴレット役には特別な想いがあると語っている。
 「1993年ミラノ・スカラ座の新制作「リゴレット」で、リッカルド・ムーティよりタイトルロールのオファーをいただきました。彼は声楽的に私の声がリゴレットに合っていると確信していましたが…私は思ったのです。リゴレットをやるには、もう少し歳を取らなくちゃいけない。もう少し人生の苦悩も知らなくてはならないし、ましてや父親であるという経験も必要なのではと。まだ26歳でしたからね。だからマエストロに手紙を書いて丁重にお断りしました。でも50歳を越えて、今がリゴレットを演じるときです。」
大学の医学部に行きながら声楽家になったアルバレス。さまざまな経験を重ねた今、彼のリゴレットは、まさに旬を迎えている。
 この「リゴレット」では、ジルダを歌うソプラノのリセット・オロペサがキューバ系アメリカ人(2022年9月に来日予定)、マントヴァ公爵のテノール、リパリット・アヴェテイスヤンがアルメニア人、スパラフチーレ役のバス、ブリンドリー・シェラットが英国人、マッダレーナを歌うメゾ・ソプラノのラモーナ・ザハリアがルーマニア人と、国際都市ロンドンの歌劇場らしく、出演者がインターナショナル。ROHシネマシーズンは、今欧米で活躍する国際色ゆたかな歌手たちのパフォーマンスを観ることができるのも魅力だ。

パッパーノ!
 最後に指揮者、ROH音楽監督アントニオ・パッパーノを紹介したい。
 彼は1959年生まれ。両親はイタリア人で、ロンドン生まれのアメリカ育ちというコスモポリタンだ。21歳の時、ニューヨーク・シティ・オペラでコレペティトゥア(ピアノを弾きながら歌手に音楽稽古をつける人)としてキャリアをスタート。その後、バルセロナやリセウ歌劇場やフランクフルト歌劇場、シカゴ・リリック・オペラ、さらにバイロイト音楽祭ではダニエル・バレンボイムのアシスタントを務めるなど、歌劇場に育てられた生粋の劇場人である。1992年よりブリュッセルのモネ劇場音楽監督を10年間務め、現在は、サンタ・チェチーリア国立音楽院管弦楽団音楽監督(2005~ )も兼任している。
 劇場とシンフォニーオーケストラの両方を熟知するパッパーノだけに、この「リゴレット」でも、歌手の歌いやすいテンポや音量のバランス、ドラマを牽引するオーケストラの緩急自在なコントロールなど、劇場指揮者としての手腕をスクリーンで堪能したい。特に、パッパーノのリハーサルシーンは必見。マエストロ、メチャ歌がうまい!
 海外情報によると、1億円以上とも報じられるパッパーノの年収に批判もあるらしいが、この映像でもおわかりのように、彼が登場するだけでBravo!が出るほど、ロンドンっ子たちからの絶大な信頼を勝ち得ているようだ。

 そのパッパーノも2024年7月をもってROH音楽監督を退任し、同年9月よりロンドン交響楽団音楽監督に就任予定。さあ、次のROH音楽監督は誰に?

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