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2019.06.10

ロイヤル・オペラ『ファウスト』<タイムテーブルのご案内>

A scene from Faust by Gounod @ Royal Opera House. Directed by David McVicar. Conductor, Dan Ettinger. (Opening 11-04-19)

輝かしい名曲の数々。フランス・オペラの傑作、グノー《ファウスト》を豪華な舞台と魅力的なキャストで!

フランス・オペラの輝ける宝石のような傑作、グノー作曲の《ファウスト》が英国ロイヤル・オペラのシネマシーズンに登場する。悪魔メフィストフェレスとの契約で若さを取り戻したファウストは、清純な乙女マルグリートの愛を得るが、すぐに彼女を捨て絶望の淵に突き落とす。グノーはこの物語を、美しい旋律と輝かしい管弦楽で描き、音楽そのものが救済となるような奇跡のオペラが生まれた。

《ファウスト》は、秋に予定されている英国ロイヤル・オペラ来日公演の演目でもある。2004年に初演されたマクヴィカー演出の舞台はこの歌劇場を代表する名舞台だ。物語を16世紀ドイツから、オペラが初演されたパリの第二帝政期に移し、普仏戦争を目前にした文化の爛熟と退廃を感じさせる美しい舞台に仕上げている。出演歌手たちも豪華。悪魔メフィストフェレスには艶のある美声のアーウィン・シュロット。情熱的でエレガントなファウストにはMETでも活躍するマイケル・ファビアーノ。美しく一途なマルグリートにイリーナ・ルング。マルグリートの兄ヴァランティンは圧倒的な存在感のステファン・デグー。ダン・エッティンガーの指揮も迫力だ。

《ファウスト》の聴きどころは数え切れない。ヴァランティンのアリア「祖国を離れる前に」、メフィストフェレスの「金の小牛のロンド」、ファウストが歌う「この清らかな住まい」、マルグリートの「宝石の歌」。有名なワルツや勇壮な合唱曲もある。そしてフィナーレを飾るマルグリート、ファウスト、メフィストフェレスの三重唱は、オペラの歴史に刻まれたもっとも美しい瞬間の一つだろう。

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<ロイヤル・オペラ『ファウスト』タイムテーブル>

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【演出】デイビット・マクヴィカー
【音楽】シャルル・グノー
【指揮】ダン・エッティンガー
【出演】マイケル・ファビアーノ(ファウスト)、アーウィン・シュロット(メフィストフェレス)、イリーナ・ルング(マルグリート)、ステファン・デグー(ヴァランティン)

2019.05.24

ロイヤル・オペラ『運命の力』<タイムテーブルのご案内>

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これ以上はありえない豪華キャスト!!ロンドンで熱狂を巻き起こしたネトレプコとカウフマンの《運命の力》が登場!

3月21日の初日、英国ロイヤル・オペラのロビーは異様な熱気に包まれていた。今やキャリアの頂点にあるオペラ界の2大スター、ソプラノのアンナ・ネトレプコとテノールのヨナス・カウフマンがヴェルディの《運命の力》で共演するのだ。ロンドンで二人が一緒に歌うのは11年前の《椿姫》以来。一人でもソールド・アウト必至のスターが、最高の演目で共演とあって、チケットの争奪戦は熾烈を極めた。そして初日の幕が開き、「この公演の実現はありえない幸運」「スター達の輝かしい声」などの絶賛の声が相次いでいる。

ヴェルディの《運命の力》は1862年にロシア、サンクトペテルブルクの帝室歌劇場で初演された。美しい旋律で有名な序曲から始まり、過酷な〈運命〉に翻弄される主人公たちのドラマが息をもつかせぬ展開となる。18世紀スペインを舞台にした、貴族の娘レオノーラとインカ帝国の血を引くドン・アルヴァーロの悲恋物語だ。ネトレプコが情感豊かに愛ゆえに苦悩するヒロインを歌い、カウフマンはドン・アルヴァーロの暗い情熱を体当たりで演じる。敵役であるレオノーラの兄ドン・カルロに最高のバリトン歌手ルドヴィク・テジエ、僧院長にはフェルッチョ・フルラネットを迎え、ロイヤル・オペラの音楽監督パッパーノの指揮というこれ以上ない布陣だ。演出はクリストフ・ロイ。映像を巧みに使い、モダンな切り口ながら敬虔な精神性を損なわない舞台が評価された。

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<ロイヤル・オペラ『運命の力』タイムテーブル>

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【作曲】ジュゼッペ・ヴェルディ
【演出】クリストフ・ロイ
【指揮】アントニオ・パッパーノ
【出演】アンナ・ネトレプコ(レオノーラ)、ヨナス・カウフマン(ドン・アルヴァーロ)、ルドヴィク・テジエ(ドン・カルロ)他

2019.05.17

【ロイヤル・バレエ】トリプル・ビル『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』 /『メデューサ』 / 『フライト・パターン』解説文が到着!

世界中で引っ張りだこの現代振付家3人による話題のトリプル・ビル『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』 /『メデューサ』 / 『フライト・パターン』の解説文が到着!

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『フライト・パターン』は、カナダ出身の女性振付家クリスタル・パイトによる2017年初演の作品。パリ・オペラ座に振付けた『シーズンズ・カノン』がブノワ賞を受賞するなど、今最も注目を集める振付家の一人で、アソシエイト・コレオグラファーを務めるNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)の6月に予定されている来日公演でも作品が上演される。『フライト・パターン』は、戦乱から逃れようと困難な旅を続ける難民たちの姿を描いたパワフルで心に訴えかける作品で、ローレンス・オリヴィエ賞を受賞するなど高い評価を得た。パイト作品に多く見られる群舞を巧みに使い、36人のダンサーたちが忘れがたい印象を残す。

『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』は、『不思議の国のアリス』、『冬物語』、『パリのアメリカ人』と大ヒットを飛ばした現代の名匠、クリストファー・ウィールドンの2008年の作品。サンフランシスコ・バレエの75周年を記念して創作され、純粋なダンスの美しさが楽しめる。衣装はジャズパー・コンランによるもので、弦楽による音楽はイタリアの作曲家エツィオ・ボッソとヴィヴァルディ。平野亮一、ローレン・カスバートソン、サラ・ラム、ワディム・ムンタギロフらによる3つのパ・ド・ドゥを中心に、7組のダンサーが華麗に踊り、ウィールドンのアンサンブルの使い方の巧みさが光る。

新作『メデューサ』で初めてロイヤル・バレエに作品を創作して話題を呼んでいるシディ・ラルビ・シェルカウイは、日本でも「TeZukA」や「プルートゥ」などを演出し、大の日本の漫画好きとしても知られている。フラメンコのマリア・パヘスからアクラム・カーン、さらに少林寺の武僧たちともコラボレーションし、多様なバックグラウンドを持つ異才で、現在はロイヤル・フランダース・バレエの芸術監督を務めながら世界中でプロジェクトを同時進行させている。ギリシャ神話のメデューサの物語に基づく本作は、現代作品にも才能を発揮しているナタリア・オシポワをメデューサ役に起用し、マシュー・ボールが演じるペルセウス、平野亮一によるポセイドンなど彼女を取り巻くキャラクターが、独特のうねるようなスタイルで鮮やかに描かれる。

いずれも全く違った個性をもつ3本の作品は刺激的で、ロイヤル・バレエのトップスターによる最先端で、クオリティの高いダンスを堪能できるトリプル・ビル。ダンスの最前線を大画面で体験してほしい。

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2019.05.17

オペラ『運命の力』を初心者でもわかりやすく解説します

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石川了(クラシック音楽専門TVチャンネル「クラシカ・ジャパン」編成)

<歌唱・容姿・演技の三拍子揃ったスーパースターが奇跡の競演!
現代最高のソプラノ、アンナ・ネトレプコ&“キング・オブ・テノール”ヨナス・カウフマンが贈る2019年オペラ界最大の話題作『運命の力』>

【誰もが耳にしたことがある旋律】
ヴェルディの歌劇「運命の力」といえば、とにかく序曲が有名だ。オーケストラのコンサートでは単独で取り上げられることも多く、吹奏楽にも編曲されている。テレビ番組のBGMで使われることも。あの冒頭の“タラララ、タラララ、タラララ~ラララ”という旋律は、誰もが耳にしたことがあるに違いない。

ただ、オペラ全幕にお目にかかることは滅多にない。ヴェルディ中期から後期に至る過渡期の作品のせいか、「リゴレット」「椿姫」「イル・トロヴァトーレ」といった中期の傑作や「アイーダ」以降の後期作品に比べると、確かに存在感が薄い。尺も長く、話の展開も冗長な部分もある。主役級には力強いドラマティックな声が求められるため、歌える歌手が少ないことも理由だろう。

しかし、そんなデメリットを全く感じさせない、むしろもっと歌手たちを観て聴いていたい!と思わせるのが、この英国ロイヤル・オペラ公演。人気実力ともに現代最高のソプラノ、アンナ・ネトレプコと、甘いマスクの“キング・オブ・テノール”ヨナス・カウフマンが、主役のレオノーラとドン・アルヴァーロを歌っているのだ。

この美男美女の二人は、意外にオペラでの共演が少ない。クラシカ・ジャパンでは彼らが出演した2011年ベルリンでの野外ガラを放送しているが、あくまでこれはコンサート。2014年バイエルン州立歌劇場『マノン・レスコー』では本番直前にネトレプコが降板。筆者は、2008年1月の英国ロイヤル・オペラ『椿姫』で、ネトレプコとカウフマンの共演を観ており、今回はおそらくロンドンではそれ以来の快挙だろう。よくぞ二人ともキャンセルせずに共演が実現しました!

【カウフマンの独壇場&魅了するネトレプコ!】
物語の舞台は、18世紀半ばのセビリアとオーストリア継承戦争の戦場となっているイタリア。レオノーラの父カラトラーヴァ侯爵は、彼女の恋人ドン・アルヴァーロにインカの血が入っていることを理由に二人の結婚を認めない。レオノーラとドン・アルヴァーロが駆け落ちしようとしているところに、銃が暴発して侯爵が死に、彼女の兄ドン・カルロは家族の不名誉を晴らすべく復讐の旅に出るが、決闘でドン・アルヴァーロに殺され、隠遁していたレオノーラは瀕死の兄に殺され、ドン・アルヴァーロは自らの不幸な運命を呪う。

この映像では、何といってもカウフマンのドン・アルヴァーロが必見だ。テノールなのにちょっと暗めの声色がドン・アルヴァーロの悲しい運命を象徴しているかのよう。そこに、情熱的な歌唱と輝かしい高音、そして苦悩に満ちた表情が加わり、まさにカウフマンの独壇場だ。やはり彼は苦悩する男がよく似合う。

ネトレプコも“歌う女優”の本領発揮。彼女が凄いのは、本番までに体型や外見をきっちり調整してくるところ。もちろん表情や立ち振る舞いも美しく、声も力強く、歌の安定感も抜群だ。筆者が個人的に好きなのは、彼女の死に際の演技とカーテンコール。今回のレオノーラもさりげなくリアルに軽いショックを観客に与える死に方をしながら、その数十秒後のカーテンコールで満面の笑みで歓声に応える無邪気なネトレプコに、多くの観客は魅了されてしまうのではないだろうか。

ドン・カルロにルドヴィク・テジエ、グァルディアーノ神父はフェルッチョ・フルラネット、狂言廻し的なメリトーネ修道士にはアレッサンドロ・コルベッリなど、脇役に至るまで万全の配役。考えてみると、このオペラは全体的に男性的な色合いが強く、その中でレオノーラが紅一点という構成なので、合唱含め、男声が充実しているとオペラ全体が締まる。特に、ドン・アルヴァーロとドン・カルロは、二人の出会いから2度の決闘まで絡むシーンが多く、カウフマンとテジエの迫真の演技と歌唱が見どころだ。

【マエストロのパワー炸裂!ヴェルディへの熱い想い 】
この公演のもう一人の主役が、オーケストラを指揮するアントニオ・パッパーノ。彼の血がたぎるような音楽作りがダイナミックで、愛と友情、名誉、復讐、戦争、宗教を描いたヴェルディの音楽に計り知れないエネルギーを与えている。パッパーノのピアノを弾きながらの音楽解説も、今回はいつも以上にパワーが炸裂しているので、マエストロの熱きヴェルディへの想いをガッチリと受け止めてみよう。

オペラを大河ドラマと考えると、歌唱・容姿・演技の三拍子揃ったスーパースターは、オペラを圧倒的に面白くしていると思う。やはり見た目は重要だ。今回はネトレプコとカウフマンが、この全く救いのない悲劇を映画的な興奮に誘ってくれたと言えよう。

因みに、ネトレプコとカウフマンの次の共演予定は、2021年ザルツブルク・イースター音楽祭「トゥーランドット」だとか。指揮はクリスティアン・ティ-レマン。これも実現したら凄いことになりそうだ。

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2019.04.26

ロイヤル・バレエ『ドン・キホーテ』<タイムテーブルのご案内>

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元プリンシパルで世界的スター、カルロス・アコスタが振付けたバレエの楽しさが詰まった陽気な作品。

ガラ公演でも頻繁に上演される3幕の結婚式の華やかなパ・ド・ドゥには、32回転のグラン・フェッテ、男性ダンサーのダイナミックな跳躍など見せ場がたっぷりある一方、2幕では、森の女王や妖精たちが登場し美しいクラシック・バレエの粋が味わえる。闘牛士や踊り子、ジプシーなど生き生きとしてパワフルな登場人物たちのコミカルなやり取りとスピーディな場面展開が、憂鬱な気持ちも吹き飛ばしてくれる最高の娯楽作だ。日本人プリンシパルの高田茜が主演するのも話題である。

英国ロイヤル・バレエ芸術監督ケヴィン・オヘアは、就任後の最初の大きな仕事として、しばらく上演が途絶えていた『ドン・キホーテ』の新しいプロダクションを構想。2013年、バレエ団を代表する人気ダンサー、カルロス・アコスタが抜擢され初の全幕作品に取り組み、初演では自ら主演した。舞台上でダンサーたちが賑やかな掛け声をかけ、テーブルや馬車の上でも踊り、スペインの街角の雰囲気を出すために、街の人々もたっぷりと踊りを見せる等、陽気な娯楽性をさらに追求した。また2幕では、ロマンティックなパ・ド・ドゥが加えられたほか、ジプシーの野営地では舞台上にミュージシャンが登場して演奏し、新しい振付も登場してエキゾチックな雰囲気を盛り上げた。舞台装置が出演者によって動かされることでさらに活気ある舞台に仕上がり、3幕のフィナーレもより祝祭性の高いものに。ドラマティックな演技を得意とするロイヤル・バレエのダンサーたちは作品に厚みを加え、一人一人の物語がくっきりと浮かび上がってより魅力的な舞台となった。

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<ロイヤル・バレエ『ドン・キホーテ』タイムテーブル>
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【振付】マリウス・プティパ 【追加振付】カルロス・アコスタ
【音楽】レオン・ミンクス 【指揮】マーティン・イエーツ
【出演】
ドン・キホーテ:クリストファー・サウンダーズ、サンチョ・パンサ:フィリップ・モーズリー、
キトリ:高田茜、バジル:アレクサンダー・キャンベル
エスパーダ:ヴァレンティノ・ズケッティ、メルセデス:マヤラ・マグリ、
キトリの友人:崔由姫、ベアトリス・スティクス=ブルネル
キューピッド:アナ・ローズ・オサリヴァン、ドルシネア:ララ・ターク、
ドリアードの女王:金子扶生
ロレンツォ(キトリの父):ギャリー・エイヴィス、ガマーシュ:トーマス・ホワイトヘッド

2019.04.26

ロイヤル・オペラ『運命の力』現地レポートが到着!~オールスターキャストで実現した「偉大な公演」~

 A・ネトレプコ、J・カウフマンという現在のオペラ界最大のスターに、現代最高のヴェルディ・バリトンと評価されるL・テジエ、イタリアを代表する現代最高のバスのひとりF・フルラネットら望みうる限りのドリームキャストを揃え、そしてヴェルディの解釈には定評のある音楽監督のA・パッパーノが指揮をとったロイヤル・オペラ『運命の力』。

一般発売前にチケットがほぼ完売するという異常事態が起きた今シーズン随一の話題作を、音楽評論家の加藤浩子氏が、日本公開に先駆けて余すところなくレポート!

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オールスターキャストで実現した「偉大な公演」〜《運命の力》公演レポート

ヴェルディの《運命の力》は、タイトルや序曲がよく知られているわりには名演に出会うことが難しいオペラである。力のある歌手が何人も必要なことに加え、物語が複雑に感じられることも一因かもしれない。

だが、メインのストーリーは単純である。大貴族の令嬢レオノーラとインカ帝国の血を引く混血児のドン・アルヴァーロが愛し合い、駆け落ちしようとして失敗。その際にアルヴァーロがレオノーラの父の侯爵を誤って殺してしまったため、侯爵の息子にしてレオノーラの兄であるドン・カルロに追われる身になる。合間に息抜きをかねたユーモラスな情景が挟まれるが、いちばんのテーマは復讐だ。アルヴァーロはカルロに決闘を挑まれて殺してしまい、侯爵家の血が絶える。望まないのに侯爵家を滅ぼしてしまったアルヴァーロ。それこそが「運命の力」というわけだ。

暗い物語のなかの一筋の救いが、アルヴァーロの恋人レオノーラの存在。最後は兄の手にかかって命を落としてしまうが、天使のように清らかな生き方を貫く。ヴェルディの音楽は、劇的な物語を時にダイナミックに時に華麗に表現する。次から次へと現れる、息長く雄大で情熱的な旋律は、本作の最大の魅力だ。「歌えば歌うほど、このオペラが好きになるの。声にとってはとても『歌いやすく(=comfortable)』書かれているんです」(ロイヤルオペラのトレイラー、および公演前のプレイベントにおけるネトレプコの発言)。

ロイヤルオペラでこの3月にプレミエを迎えた《運命の力》は、A・ネトレプコ、J・カウフマンという現在のオペラ界最大のスターに、現代最高のヴェルディ・バリトンと評価されるL・テジエ、イタリアを代表する現代最高のバスのひとりF・フルラネットら望みうる限りのドリームキャストを揃え、しかもヴェルディの解釈には定評のある音楽監督のA・パッパーノが指揮をとるとあって、今シーズン随一の話題公演となった。加えてネトレプコとカウフマンの顔合わせは全10公演のうち5公演だったため、彼らが出る公演のチケットは一般発売前にほぼ完売という異常事態が出現した。

果たして、公演は素晴らしいものだった。「偉大な」と形容してもいいかもしれない。とにかく、すべてが揃っていた。歌手も、指揮も、演出も。

歌手たちはまさに適材適所。主役級がすべて声楽的な面で役柄にあっており、このキャスティングが彼らの人気に負うものではなく演目にふさわしい「旬」のものであることを痛感した。レオノーラは今回が初役というネトレプコは、近年増した声量と、伸びやかでクリーミーな高音を生かし、第2幕の修道院に入る決意を歌うアリア「とうとう着いた、神よ感謝します」や、第4幕冒頭の、心の平和を願う有名なアリア「神よ、平和を与え給え」で客席を魅了。第2幕幕切れの修道院に入るシーンでの合唱に伴われたソロ「天使のなかの聖処女よ」では、光り輝くヴェールのような奇跡的な音楽が出現した。

悲劇の主人公アルヴァーロを歌ったカウフマンは、翳りのある美声に密度が加わり、声量も増してまさに充実の時を迎えた印象。彼の声に聴かれる一種悲壮な音色は、悲劇的な運命に巻き込まれた純粋な青年にぴったりだ。第3幕のアリア「君よ天使の腕に抱かれて」は、心理的な表現を得意とするカウフマンならではの、アルヴァーロの悲しみが心に響く名唱となった。

カルロを演じたテジエは、主役3人のなかではもっともイタリア的な輝かしく開放的な美声を持ち、イタリア・オペラを聴く快楽に浸らせてくれる。第4幕のアルヴァーロとの決闘の二重唱では、「運命の力」や「許し」を暗示する切なくも美しい旋律が2人のパワフルな声に乗って応酬する、白熱のクライマックスが出現した。

僧侶役を担当した2人のイタリア人バス、修道院長のフルラネットとメリトーネ修道士役のコルベッリも、それぞれの個性を生かした名演。フルラネットの荘重さ、コルベッリの飄々とした持ち味が、役柄にぴたりとはまっていた。また冒頭でアルヴァーロに殺されるカラトラーヴァ侯爵には、1940年生まれで半世紀以上のキャリアを誇る大ベテランのロバート・ロイドが扮し、健在ぶりを示した。

しかし音楽面での最高の立役者は、指揮のアントニオ・パッパーノだろう。ネトレプコはプレトークでパッパーノの「音楽への愛、歌手への愛」を強調していたが、そのことを想像させてくれる音楽作りだった。本作の醍醐味である大きなうねりと豊かなスケール感をたっぷりと味あわせてくれつつ、歌手の「歌」も存分に聴かせる。上演時間が長く、本筋と関係のないエピソードが盛り込まれるため、指揮者によってはだれてしまうこともある《運命の力》という作品が、これほど豊饒な音楽に満ちていると教えてくれる指揮はめったにない。そして劇的な瞬間を演出するオーケストラの鮮やかなことといったら!第4幕の大詰めで、レオノーラがドン・カルロの剣に倒れる箇所、兄妹の再会と殺人という究極の瞬間が、ひらめく剣の輝きが見えるように鋭利に聴こえたのは初めてだった。

クリストフ・ロイの演出(オランダ国立歌劇場との共同制作)は、舞台を20世紀前半におきかえ、人間関係をていねいに描いたわかりやすいもの。全編は、戦場という設定の第3幕を除いて同じ部屋のなかで演じられるが、この限られた空間が、登場人物の人間関係の逼塞感〜カラトラーヴァ侯爵一家の家族関係や人種間の軋轢〜に連動しているように感じられた。序曲が演奏されている間、舞台ではレオノーラの少女時代の家族関係がパントマイムで演じられる。幼いころから信心深いレオノーラ、ちょっとぐれているようなドン・カルロ(成人してからの彼はアルコールを手放せない)、そして厳格な父の侯爵。この伏線があると、全体の見通しがぐっとよくなる。

一方、スペクタクルな群衆場面は、舞台後方の扉向こうに設けられた階段も活用しつつ、躍動的に演出されていた。多くの場面を見守る磔刑のキリストの十字架も、作品の宗教性を訴えて効果的だった。伝統的な演出で「歌」のオペラとして演出されることがまだまだ多い《運命の力》だが、このくらい演劇性があったほうが、物語が理解しやすくなる。

旬の歌手と演出家、そして作品を把握した指揮者。すべてに恵まれたロイヤルオペラの《運命の力》は、これぞオペラ!の快感に心ゆくまで浸らせてくれた。ぜひ、一人でも多くの方に見ていただきたい。オペラってすばらしい、と思っていただけることは間違いないから。

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2019.04.03

ロイヤル・オペラ『椿姫』<タイムテーブルのご案内>

ROYAL OPERA

心揺さぶられるオペラの最高傑作―ヴェルディの『椿姫』を、英国ロイヤル・オペラの人気プロダクションで観る!

19世紀半ばのパリ、高級娼婦ヴィオレッタは貴族や富豪たちの寵愛をほしいままにしていた。だが金銭ではなく愛を捧げる青年、アルフレードとの真実の愛にヴィオレッタが目覚めた時、彼女の人生は引き返すことのできない悲劇へと進んでいく…。イタリア・オペラの巨匠ヴェルディが作曲した《椿姫》は、いつの時代も変わらずに私たちの心を揺さぶる。

英国ロイヤル・オペラの『椿姫』は、巨匠リチャード・エアが25年前に演出し、それ以来上演され続けている人気のプロダクション。エアの演出は、気品あるスタイリッシュな美しさで登場人物たちのドラマを際立たせる。ヴィオレッタ役は、歌と演技の両方に最高の技量が求められ、ソプラノ歌手なら誰もが一度は歌いたいと夢見ている役。これまでもゲオルギュー、フレミング、ネトレプコなどのスター歌手たちが英国ロイヤルの舞台を飾ってきた。今回出演するエルモネラ・ヤオは、この役を200回以上も演じているというヴィオレッタ歌い。その稀にみる歌唱テクニックに支えられた迫力の演技は、芝居だとは到底思えない真実味をそなえている。第2幕のヴィオレッタとジェルモンの対話、そして第3幕の死の床にあるヴィオレッタの絶唱は、観客の熱い涙を誘う。恋人アルフレードに情熱的なテノール、チャールズ・カストロノボ、そしてアルフレードの父ジェルモンにはプラシド・ドミンゴと共演者も豪華な顔ぶれ。もっとも感動的な『椿姫』の舞台がここに生まれた。

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<ロイヤル・オペラ『椿姫』タイムテーブル>

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【作曲】ジュゼッペ・ヴェルディ
【演出】リチャード・エア
【指揮】アントネッロ・マナコルダ
【出演】エルモネラ・ヤオ(ヴィオレッタ)、チャールズ・カストロノボ(アルフレード・ジェルモン)、プラシド・ドミンゴ(ジョルジョ・ジェルモン)他

2019.04.02

オペラ『椿姫』を初心者でもわかりやすく解説します

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石川了(クラシック音楽専門TVチャンネル「クラシカ・ジャパン」編成)

<涙なくしては見られない最高のメロドラマ>

【衰え知らずのプラシド・ドミンゴ!】
プラシド・ドミンゴといえば、故ルチアーノ・パヴァロッティ、ホセ・カレーラスと並ぶ「三大テノール」の一人としてお馴染みですよね。そんな彼も、現在78歳。普通に考えて悠々自適の引退生活を送っていてもおかしくない年齢ですが、ドミンゴの舞台への情熱は衰えることなく、何と近年は声域を低くし、バリトンの役柄でまだまだバリバリの現役として歌い続けています。

この英国ロイヤル・オペラ『椿姫』でも、ドミンゴはアルフレードではなく、その父親ジェルモンを歌っています。1980年代にフランコ・ゼッフィレッリ監督の映画『ラ・トラヴィアータ – 椿姫 -』(劇場公開時タイトルは『トラヴィアータ 1985・椿姫』)ではテノールのアルフレードを歌い、今回はバリトンのジェルモンを歌う。その両方が映像で残されているアーティストも皆無ではないでしょうか。

ドミンゴの凄いところは、俳優のような演技力と、どんな舞台でも破綻しない安定した歌唱力。この『椿姫』では何といってもジェルモンの有名なアリア『プロヴァンスの海と陸』が見どころ。声はやはりテノールだと思うのですが、語り口の上手さ、ちょっとした泣きの入るところなど、まさにドミンゴ!白髪で、年齢を重ねた彫りの深い顔つきも、年老いた父親のリアルさが出ていて目が離せません。

【映画監督としても知られる演出家 リチャード・エア】
このリチャード・エア演出版は、1994年ゲオルグ・ショルティの指揮で初演された伝統のプロクダション。初演でヴィオレッタを演じたのがアンジェラ・ゲオルギューで、英国ロイヤル・オペラではルキノ・ヴィスコンティ以来27年ぶりの新演出ということで、当時大きな話題を呼び大成功を収めました。

2019年で25周年というプロダクションの人気の秘密は、『アイリス』『あるスキャンダルの覚え書き』など映画監督としても知られるエアのリアルな人間描写ではないでしょうか。読み替えをしないオーソドックスな展開の中で、例えば第2幕のフローラのパーティーの女性たちが高級娼婦で、ここで踊るロマの女性たちとの(女性同士の)微妙な関係など、なかなか細かいところがリアル。ヴィオレッタの常に持っている孤独、愛するアルフレードとの微妙な距離感などは、映画『アイリス』で描かれたアイリス・マードックと彼女を複雑な想いで介護する夫ジョン・ベイリーとの冷徹な描写にも共通しています。

今回の上映の休憩時に、エアと美術のボブ・クロウリーが、初演時のショルティとの関係や制作エピソードを語っていますが、このプロダクションを理解する手がかりにもなっていますのでお見逃しなく。

【ヴィオレッタ歌い~ダイナミックな歌唱と美貌のエルモネラ・ヤオ】
私自身、2008年1月に、このプロダクション再演の初日を現地で観ています。ヴィオレッタは出産前のアンナ・ネトレプコ、アルフレードはまだそれほど有名ではなかったヨナス・カウフマン、そしてジェルモンには今は亡きディミトリ・ホロストフスキーという夢のようなキャスト。当日券限定66枚を朝から並んでゲットし、あまりの素晴らしさに大号泣した記憶があります。

ゲオルギューから始まり、多くのソプラノが歌い継いできたエア版ヴィオレッタ。今回演じるのは、ダイナミックな歌唱と美貌で現在大人気のアルバニア人ソプラノ、エルモネラ・ヤオ。第1幕から薄幸な娼婦にぴったりの儚い美しさが魅力。第3幕の死に様もドラマティック。近年オペラは映像公開されるので、歌手にも声だけでなく演技・容姿が求められる時代。そういう意味でヤオは、今の時代に求められるものを持って生まれたスターと言えます。

19世紀パリの社交界を舞台に、高級娼婦ヴィオレッタが青年アルフレードと出会い、彼を愛しながら別れを決意、一人寂しく死んでいくという『椿姫』は、『リゴレット』『イル・トロヴァトーレ』と並ぶヴェルディ中期三部作です。この3作に共通するのは、主人公が社会の底辺の人たちであること(『リゴレット』は道化、『イル・トロヴァトーレ』はロマの吟遊詩人)。当時ヴェルディは、父親違いの3児の母でもあったソプラノ歌手ジュゼッピーナ・ストレッポーニと同棲しており、敬虔なカトリック信者が多いイタリアでは冷たい視線を浴びていました。『椿姫』は、このようなヴェルディとジュゼッピーナの境遇が反映されているとも言われています。

オペラを観たことない人に、私が最初にオススメしている作品が、この『椿姫』。音楽が美しいし、ストーリーもわかりやすい。さらにそれほど長くない。言葉がわからなくても、ヴェルディの音楽が描く一人の女性の悲恋が美しく切なく、涙なくしては見られない最高のメロドラマ。それが『椿姫』なのです。

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2019.03.14

ロイヤル・オペラ『スペードの女王』<タイムテーブルのご案内>

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ロシアの小説家プーシキンの短編小説『スペードの女王』をもとに、
チャイコフスキーとその弟がよりドラマティックに作り替えた野心的なオペラ。
貧しい兵士ゲルマンはリーザという美しい女性と恋に落ちる。
しかし、リーザは彼の友人のエレツキー公爵の婚約者だった―。

手に入れたいのは愛か?成功か?
若い士官ゲルマンは、伯爵家の娘リーザに燃えるような恋をしている。だがリーザにはエレツキー公爵という婚約者がいた。ゲルマンは身分違いの恋を成就させるために、賭け事に必ず勝てる3枚のカードの秘密をリーザの祖母、伯爵夫人から聞き出そうとするのだが…。

帝政ロシアのサンクトペテルブルクを舞台に、野心に満ちた青年士官が狂気に取り憑かれ、自分と恋人を破滅へ追い込むまでを描いた名作。プーシキンの小説を原作にチャイコフスキーがオペラ化した。《白鳥の湖》《くるみ割り人形》《眠りの森の美女》などのバレエや、オペラ《エフゲニー・オネーギン》でおなじみの優美な音楽に加え、悪徳をはらんだドラマチックな展開が息をもつかせない。

英国ロイヤル・オペラの《スペードの女王》は、ノルウェー出身の売れっ子演出家ステファン・ヘアハイムが手がけ大評判になったプロダクションの上演である。ヘアハイムは舞台にチャイコフスキーを登場させ、この悲劇を作曲家自身の不幸と重ね合わせて読み解いた。スター歌手たちの出演も魅力だ。ゲルマン役にはアレクサンドルス・アントネンコに代わりセルゲイ・ポリャコフ、そして今回の演出ではチャイコフスキー役も兼ねるエレツキー公爵役に演技派のウラディーミル・ストヤノフ、美貌のリーザにエヴァ=マリア・ウェストブロック、そして老伯爵夫人役にフェシリティ・パーマーが出演する。パッパーノの指揮はチャイコフスキーのドラマを浮き彫りにしてくれるだろう。

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<ロイヤル・オペラ『スペードの女王』タイムテーブル>

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【作曲】ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
【演出】ステファン・ヘアハイム
【指揮】アントニオ・パッパーノ
【出演】セルゲイ・ポリャコフ(ゲルマン)、ウラディーミル・ストヤノフ(エレツキー公爵)
エヴァ=マリア・ウェストブロック(リーザ)、フェシリティ・パーマー(伯爵夫人)

2019.03.13

オペラ『スペードの女王』を初心者でもわかりやすく解説します

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石川了(クラシック音楽専門TVチャンネル「クラシカ・ジャパン」編成)

<なぜ、どうしようもない男(ゲルマン)に惚れてしまうのか?>

【賭博の必勝法】
チャイコフスキーが亡くなる3年前の1890年に発表した『スペードの女王』。チャイコフスキーのオペラといえば、作曲家30代後半の『エフゲニー・オネーギン』(1879年初演)の方が有名かもしれませんが、ちょうど50歳の時のこの作品も、近年ではザルツブルク音楽祭などさまざまな歌劇場や音楽祭で取り上げられる人気作です。

この映像は、ノルウェーの鬼才ステファン・ヘアハイムが演出し、2016年にマリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で初演された、オランダ国立歌劇場と英国ロイヤル・オペラハウスの共同プロダクション。ロンドン公演の指揮は、もちろん英国ロイヤル・オペラが誇る音楽監督アントニオ・パッパーノです。

原作は、1834年に発表されたロシアの国民的作家アレクサンドル・プーシキンの中編小説。
貧しいゲルマンは純情な乙女リーザの恋心を利用し、彼女の後見人で「スペードの女王」と呼ばれた老伯爵夫人から賭博に必勝する秘訣を聞き出そうとしますが、誤って殺してしまいます。その後、伯爵夫人が夢枕に立ち、カードの秘密「3、7、エース」をゲルマンに教えると、彼はリーザを捨て、賭博場に向かいます。ゲルマンは「3、7」と賭けて勝ち続けますが、最後の勝負でエースに賭けたはずの手には、なぜかスペードの女王が…。

プーシキンはこの作品で、人間のエゴや野心、当時の新たな資本主義社会を、幻想とリアリズムで描き、後のゴーリキーやドストエフスキーに大きな影響を与えました。
オペラは、エレツキー公爵というリーザの婚約者を創造し、エレツキー公爵はリーザを愛し、彼女はゲルマンを愛するという三角関係を新たに設定。原作ではリーザは別の男性と結婚しますが、オペラでは彼女はゲルマンの本性を知って絶望し自殺します。作曲家の弟モデストによるオペラ台本は、原作の持つ社会性を重視するのではなく、ヒロインのリーザに、より多くのドラマ性を持たせたと言ってもよいでしょう。

【チャイコフスキーの絶頂期】
オペラ『スペードの女王』は、何といってもチャイコフスキー絶頂期の美しくダイナミックな音楽が見どころ。この作品の前後にはバレエの傑作『眠れる森の美女』と『くるみ割り人形』が作曲され、バレエ・ファンにはそれらの面影も見えてくるのではないでしょうか。メランコリックで、時にホラーの要素も醸し出し、18世紀の音楽様式も登場するなど、『スペードの女王』はチャイコフスキーの壮大な実験の場であったと言えるかもしれません。

パッパーノは、切れ味鋭い怒涛のカンタービレで、この陰惨な物語を力強く牽引。オペラの悲劇性と怪奇性を高める、その音楽作りは圧倒的です。幕間の彼のピアノ付き音楽解説では、パッパーノのカンタービレがなぜこんなに素晴らしいのかをご理解いただけると思いますので、絶対にお見逃しなく。

【同性愛に苦しんだチャイコフスキー】
この映像では、チャイコフスキー本人も登場し、一人の歌手がエレツキー公爵とチャイコフスキーの二役を演じます。2016年のオランダ公演同様、ロシアのバリトン歌手ウラディーミル・ストヤノフが、チャイコフスキーの風貌そのままにエレツキー公爵を演じ、冒頭からラストまで出ずっぱりの大熱演。このオペラの一番美しいエレツキー公爵のアリア「私は貴女を愛しています」も必見です。

チャイコフスキーが同性愛者であったことは広く知られていますが、このオペラを作曲しているとき、彼はゲルマン役のテノール歌手に夢中でした。この演出では、その同性愛に苦しみながら『スペードの女王』を作曲するチャイコフスキーの姿が、本来の物語と同時並行で描かれているのもポイント。ステージに置かれた鳥籠のオルゴールからは『魔笛』が流れ、チャイコフスキーのモーツァルトへの敬愛ぶりも暗示。ヘアハイムによる、こだわりのチャイコフスキー像にも注目してみてください。

なぜリーザは、お金も立場もあって人間的にも素晴らしいエレツキー伯爵ではなく、どうしようもないゲルマンに惚れてしまうのか。破滅と知りながら惹かれてしまう人間の性は、どの時代も変わることなく存在するのだなあと、この作品を観て思ってしまいます。
まさにオペラには人生が詰まっている。だからこそ、人はオペラにハマるのかもしれませんね。

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