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2025.03.24

オペラ『ホフマン物語』見どころをご紹介します

コラム

石川 了(音楽・映画・舞踊ナビゲーター)

 フランスの作曲家ジャック・オッフェンバックの幻想オペラ『ホフマン物語』は、“オペレッタの王様”と称されたオッフェンバックがパリの音楽界から“オペラ作家”として認められたいとの想いで取り組んだ、彼にとって最後となった作品だ。未完のままオッフェンバックは61歳でこの世を去り、友人の作曲家エルネスト・ギロー(『カルメン』の台詞をレチタティーヴォに作曲した人)が補筆完成して、1881年2月10日にパリのオペラ・コミック座で初演された。

 その後、上演した劇場の火災などで初演の楽譜や資料が散逸し、現在まで決定版がないまま複数のバージョンの楽譜が存在している。どのバージョンも、詩人ホフマンが3つの失われた恋を振り返るという基本ストーリーは変わらないが、オッフェンバック自身が命名した「幻想オペラ」(Opera fantastique)という要素がクリエイターの想像力を掻き立てるのか、物語の順番や音楽が異なるさまざまな『ホフマン物語』が上演されている。

 

 英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ2024/25『ホフマン物語』では、挑発的な読み替えで常に論争を巻き起こすイタリアの演出家ダミアーノ・ミキエレットによるポップで奇抜、ちょっとダークな幻想的ステージが見どころだ。

 クリエイティブチームをオールイタリア人で固め(セットデザイン:パオロ・ファンティン、衣装:カルラ・テーティ、照明:アレッサンドロ・カルレッティ、振付:キアーラ・ヴェッキ)、バレエあり、サーカスあり、そのユーモアと遊び心は、まるでイタリアの映画監督フェデリコ・フェリーニの映画のよう。

 人生にも詩作にも幻滅している初老の詩人ホフマンは、ニュルンベルクの居酒屋ルーサー・タバーンで、詩のミューズの導きにより、パリの少年時代(オランピアへの恋)、ミュンヘンの青年時代(アントニアとの恋)、大人になったヴェネツィア(ジュリエッタとの恋)という若き日の恋した時代を旅することで、これからの詩作人生に新たな希望を見出す。このようなドラマ展開も人間賛歌を謳うフェリーニ的だ。観る人それぞれが何かしらの想いを抱く『ホフマン物語』である。

 ちなみに、筆者がミキエレット演出に初めて接したのは、2010年ロッシーニ・オペラ・フェスティバルを取材した『シジスモンド』だ。舞台を本来のポーランド王宮から精神病院に読み替え、その大胆な演出に対してカーテンコールでは激しいブーイングが飛び交った。彼は当時のインタビューで、「ロッシーニのオペラは、例えば愛の場面でもはっきりと愛を表現している音楽になっていないところに、演出のイメージがふくらむのです」と語っていた。音楽から発想を得て、今となっては古臭いかもしれないオペラの物語を、現代の私たちに違和感なく観てもらうための読み替え演出。それがミキエレットの世界的な人気の理由なのだろう。

 

 国際色豊かな旬の歌手のパフォーマンスを、映画館の迫力のスクリーンと音響空間で堪能できるのも、英国ロイヤル・バレエ&オペラの醍醐味のひとつである。

 主人公ホフマンを歌うのは、ペルー出身の世界的スーパーテノール、ファン・ディエゴ・フローレスだ。51歳の彼は少年から若者、青年、老人までを演じ切る。ホフマンの“宿敵”であるリンドルフ、コッペリウス、ミラクル博士、ダペルトゥットの4役には、イタリアの人気バスバリトン、アレックス・エスポージト。オランピアは、本公演でロイヤル・オペラ・ハウスデビューを飾ったロシアの新進ソプラノ、オルガ・プドヴァ。アントニアは、2023年パレルモ・マッシモ劇場来日公演『椿姫』のヴィオレッタが記憶にも新しいアルバニア出身のソプラノ、エルモネラ・ヤオ。ジュリエッタを演じるのは、今年10月に新国立劇場2025/26シーズン開幕公演『ラ・ボエーム』でミミを歌うイタリア系アメリカ人ソプラノ、マリーナ・コスタ=ジャクソン。彼女とニクラウスを演じるフランス系カナダ人のメゾソプラノ、ジュリー・ブリアンヌが、第3幕冒頭に「ホフマンの舟歌」を歌う。

 

 指揮は、故クラウディオ・アバドの片腕としてマーラー・チェンバー・オーケストラやルツェルン祝祭管弦楽団のコンサートマスターを務めた後、指揮者に転向したイタリア出身のアントネッロ・マナコルダ。室内オーケストラ「カンマーアカデミー・ポツダム」の首席指揮者で、今年2月にパリ・オペラ座の新制作であるドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリザンド』を指揮し、8月にはドニゼッティの歌劇『マリア・ストゥアルダ』でザルツブルク音楽祭にデビュー予定。まさに「いつ観るか?今でしょ!」の指揮者の一人だ。