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2025.02.18

バレエ『シンデレラ』見どころをご紹介します

コラム

森菜穂美(舞踊評論家)

<英国バレエを象徴する不朽の名作『シンデレラ』>

誰もが知っているペロー原作のおとぎ話『シンデレラ』は、陰影に富みながらも繊細で深みがあるプロコフィエフの音楽を用いたバレエ作品となり、愛され続けてきました。英国ロイヤル・バレエの創立に関わってロイヤル・スタイルを作り上げたフレデリック・アシュトンによって振り付けられ1948年に初演されて以来、ロイヤル・バレエだけでなく、世界中のバレエ団で上演されています。実は英国の振付家によって初めて振り付けられた全幕バレエ作品であり、英国のバレエの歴史の中では最も重要な20世紀の古典作品です。初演でシンデレラ役を踊ったのは、映画『赤い靴』の主演で映画史にも名を刻んだモイラ・シアラーでした。

 

<シンデレラの義理の姉たちの演技を楽しんで!>

アシュトン振付の『シンデレラ』の大きな魅力は、単なるシンデレラ・ストーリーに留まらない様々なイメージやキャラクターたちに富んでいることが挙げられます。英国伝統のパントマイム劇の要素を盛りこんで、女装した男性ダンサーがユーモラスに義理の姉たちを演じて舞台狭しと暴れまわります。このことによって、彼女たちがシンデレラをいじめているわけではなく、家族の一員としてお互いが実は仲良しであることも示されています。義理の姉たちを初演で演じたのはアシュトン自身と名手ロバート・ヘルプマンでしたが、そのキャラクターについては、時代の変化と共に表現方法も変化していき、初演の時の曲がった鼻など醜く見える表現は取り除かれました。インスタグラマーのように承認欲求に囚われたファッション中毒の女性たちとして滑稽に描かれています。シネマ上映のキャストでは芸達者なベネット・ガートサイドと、王子役も踊っていて『不思議の国のアリス』のシネマでは白うさぎ役を演じたジェームズ・ヘイがきらびやかで魅力的に演じていますが、別キャストでは女性ダンサーが義理の姉妹を演じる異例の回もありました。本作の幕間では、姉妹役ガートサイドとヘイが繰り広げる抱腹絶倒の対談コーナーもあるので、ぜひお楽しみに。

 

<「時間」と「運命」についての物語>

『シンデレラ』のもう一つ重要な要素は、12時の鐘と共に魔法が解けてしまうという設定に見られるように「時間」と「運命」についての物語であるということです。シンデレラは清らかで優しい心で幸福な運命を手繰り寄せますが、時間に縛られています。真夜中、12時を告げる時の時計の針が刻む音を思わせる音楽や振付の巧みさ、運命を象徴させるようなドラマティックな旋律が魅惑的です。美しく変身したシンデレラが舞踏会に足を踏み入れ、皆の視線を浴びてガラスの靴に模したポワントで立ちながら一歩一歩ゆっくりと階段を降りて、胸を高鳴らせながら運命に向かっていく時の、緊張感に満ちながらも晴れやかな姿にはぜひ注目してください。

 

<共感できる等身大のヒロイン像を演じた金子扶生の魅力>

シンデレラは不幸な境遇にも負けずに、時には涙することはあるけど明るく前向きです。思わず応援したくなる等身大のヒロインとして運命を自分自身で切り開き、ユーモラスな演技もします。箒をパートナーに見立てて踊るソロは名場面の一つですが、脚をガニ股にして踊るキュートで微笑ましいところもあります。アシュトン特有の細かいパ・ド・ブレ(ポワントを履いた足で床を滑るように小刻みに動かす)、上半身を曲げて倒す振付、独特の優美なエポールマン(肩の位置でアクセントをつける)や素早いアレグロの動きなど、難しい技術がてんこもりです。ダンサーには高度なクラシックのテクニックが求められますが、いともたやすく踊っているように見せなければなりません。今回のヒロインである金子扶生は、2021年にプリンシパルに昇進して以来、次々と大作に主演して今やロイヤル・バレエを代表するプリマ・バレリーナとなりました。お姫様に変身した姿の華やかさ、精緻な技術と健気さの中に聡明さを湛えた繊細な表現力が光ります。

シンデレラの王子の人物像ははっきりしていないのですが、今回この役を演じるウィリアム・ブレイスウェルは、この役に共感できるところや温かみを持たせたいと語っており、実際に温かい人柄や優しさを感じさせる、理想的な王子様としてノーブルに、そして伸びやかで華麗な踊りを見せています。『シンデレラ』にはいわゆるグラン・パ・ド・ドゥはないのですが、2幕の舞踏会で王子がシンデレラの姿を探し求めているところから始まるクラシカルなパ・ド・ドゥは、プロコフィエフが創り上げる雄大でドラマティックな旋律と相まって多幸感にあふれロマンティックなことこの上ありません。

 

<ファンタジックな舞台を盛り上げる美術と衣裳>

四季の精の踊りや星の精たちの群舞など、『シンデレラ』は名場面に満ちています。これらの場面を盛り上げるのが舞台美術と演出で、今回はウェストエンドでの『となりのトトロ』でローレンス・オリヴィエ賞に輝いたトム・パイが自然の花々をテーマにデザインしました。舞踏会の場面が花の咲き乱れるガーデンパーティに設定されています。最新のプロジェクションマッピング技術を駆使してかぼちゃが馬車に変身するところや四季の精の踊り、星の精の踊りなどもファンタジックに演出。アカデミー賞に8度ノミネートされ、『エリザベス:ゴールデンエイジ』でアカデミー賞衣裳デザイン賞に輝いたアレクサンドラ・バーンによるオートクチュールのようにファッショナブルな衣裳にもぜひご注目ください。

 

<日本人ダンサーも大活躍>

2幕の舞踏会の冒頭から、驚くような高さの跳躍を連発して思わず目を奪われてしまう道化の踊り。超絶技巧で魅せる道化役を演じているのが、2020年入団で日本出身の若手ソリスト五十嵐大地です。四季の精の踊りはそれぞれ音楽性にあふれていて魅力的ですが、夏の気だるさを情感豊かに表現しているファースト・ソリストの佐々木万璃子にもぜひご注目ください。星の精や舞踏会では佐々木須弥奈の姿も見ることができます。温かい包容力とエレガンス、強さを兼ね備えてシンデレラを導く仙女には、別公演ではシンデレラ役も演じていた実力派プリンシパルのマヤラ・マグリ。その他ダンス教師や二人の求婚者など、楽しい登場人物たちが華やかに本作を彩ります。

 

<心温まるファンタジックな名作、バレエの魔法を味わって>

心が優しく清らかなシンデレラが報われて幸せをつかむ『シンデレラ』の物語は、どの時代においても少女たちの憧れのシンデレラ・ストーリーでした。ロイヤル・バレエの『シンデレラ』はその中でも最高傑作といえます。世界最高レベルのダンサーたちによる華麗な踊り、プロコフィエフの美しく壮大な音楽、ファンタジックな変身場面や豪華絢爛な舞踏会とファッショナブルな衣裳、愉快な登場人物たちと余韻の残るハッピーエンドで、誰もが幸せな気持ちで劇場を後にできる名作です。ロイヤル・オペラハウスの良席で観ているような臨場感を映画館でぜひ味わってください。