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2023.08.17

バレエ『眠れる森の美女』そして今シーズンと来シーズンを解説します

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森菜穂美氏(舞踊評論家)

ロイヤル・バレエの2022-23シーズン総括と来シーズンへの展望

―2022-23 ロイヤル・オペラハウス シネマシーズンを振り返るー
ロイヤル・バレエの2022/23シーズンは、ウィリアム・ブレイスウェルとリース・クラークがプリンシパルに昇進し、ますますダンサー陣が充実した中で始まった。

シネマシーズンの開幕を飾ったのは、ケネス・マクミラン振付の『うたかたの恋―マイヤリング―』。ロイヤル・バレエを代表する演技派ダンサーとして高い評価を得ている平野亮一が、愛欲に溺れ、権力闘争に疲弊し、そして求めても得られない母の愛に飢えたハプスブルグ家の皇太子ルドルフ役を熱演。共演はナタリア・オシポワ、マリアネラ・ヌニェス、ラウラ・モレ―ラ、フランチェスカ・ヘイワードと綺羅星のような女性プリンシパルたちで、愛と死の濃厚なドラマを繰り広げて大きな話題を呼び、日本でもアンコール上映されるなどヒットした。

ロイヤル・バレエの歴史と現在を象徴させる意欲的なプログラム『ダイヤモンド・セレブレーション』も話題となった。ロイヤル・バレエのフレンズ会創立60周年記念公演である。ロイヤル・バレエを設立したニネット・ド・ヴァロワの言葉”過去を尊び、未来を見据え、現在に集中すること“は今のロイヤル・バレエでも重視されていること。すなわち、バレエ団の伝統を受け継ぐ作品を大切にしながら、新しい作品も創造し、高いクオリティのパフォーマンスを行うことである。
ロイヤル・バレエを代表する巨匠フレデリック・アシュトンとケネス・マクミランの作品。現在の常任振付家であるウェイン・マクレガーのコンテンポラリー作品と、クリストファー・ウィールドンが4人の男性ダンサーのために創った「FOR FOUR」。対をなすように現役ファースト・ソリストのヴァレンティノ・ズケッティが4人のプリマ・バレリーナのために創った新作「プリマ」。育成プログラム出身の若い振付家による新作や、モダンダンス、ヒップホップなど異ジャンルの振付家の作品も取り入れた新作も挟み、締めくくりはバランシンのクラシカルな名作「ジュエルズ」より「ダイヤモンド」。
『ダイヤモンド・セレブレーション』で上演された「FOR FOUR」、「プリマ」、「ダイヤモンド」は、今年6月に行われたロイヤル・バレエの来日公演「ロイヤル・セレブレーション」でも上演され、来日公演の予習としても見逃せないプログラムとなった。

ロンドンの冬の風物詩『くるみ割り人形』はほぼ毎年、ロイヤル・バレエでは上演されている大人気作品。2022-23シーズンでは、金子扶生が新プリンシパルのウィリアム・ブレイスウェルと共演して金平糖の精を優雅に踊り、クララ役には若手の前田紗江が配役されて、伸びやかで生き生きとした踊りを見せた。『くるみ割り人形』はシネマシーズンでも特に人気のある演目で、主役の金平糖の精はもちろんだが、クララやハンス・ピーター役には、これからプリンシパルに上がっていく注目の若手ダンサーが抜擢されることが多くて、注目されている。

映画化されたベストセラー小説『赤い薔薇ソースの伝説』のバレエ化も話題を呼んだ。『不思議の国のアリス』『冬物語』で成功を収めたクリストファー・ウィールドンが、メキシコを舞台にした禁断の愛と食べ物を主題にした大河ドラマを鮮やかな手腕で新作バレエ作品として創作した。メキシコ音楽や伝統文化を取り入れた官能的な本作は、新しいドラマティック・バレエの名作と高く評価され、アメリカン・バレエ・シアターでも上演された。フランチェスカ・ヘイワード演じる情熱的なティタ、そして強烈な毒母エレナ役ラウラ・モレ―ラの怪演ぶりや、颯爽と場をさらっていくセザール・コラレスの華麗なダンスも忘れがたい。今シーズンで惜しまれながら引退したラウラ・モレ―ラの名女優ぶりは、本作と『うたかたの恋―マイヤリング―』で堪能できた。

舞台装置や衣装などを一新した名作『シンデレラ』の新制作は、今季大ヒットした一作だった。名匠フレデリック・アシュトン振付の本作は、長年幅広い観客に愛され、清らかな心を持つシンデレラが幸せをつかむおとぎ話であるとともに、コミカルな義理の姉妹たちが巻き起こす騒動も楽しくて、憂き世を忘れる爽やかでしみじみとした余韻が残る名作である。ファンタジックな美術を手掛けたのは、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの「となりのトトロ」の舞台美術でローレンス・オリヴィエ賞に輝いたトム・パイ。ロイヤル・バレエばかりかバレエ界を代表するスーパースター・ペアのマリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフの名演もあり、高い人気を呼んだ。アクリ瑠嘉が女装して義理の姉妹役に挑み、中尾太亮の軽やかでチャーミングな道化役の超絶技巧も印象深かった。

そしてシーズンを締めくくったのは、第二次世界大戦後にロイヤル・オペラハウスの再開を果たした作品という、ロイヤル・バレエの歴史にとっても重要な古典の名作「眠れる森の美女」。チャイコフスキーがマリウス・プティパと密接に作業して作り上げたこの上なく美しく華麗な旋律によるグランド・バレエの代表的な作品だ。フランス宮廷を再現した壮麗な舞台美術、多数の出演者を要する大作。またオーロラ姫を踊るダンサーにとっては、16歳の初々しい姫から、幻影の場面での抒情性、そして結婚式で見せる品格と優雅さまで、プリマ・バレリーナに求められる様々な魅力を発揮させる大役である。オーロラ役のヤスミン・ナグディの完璧な技術とエレガントな踊り、王子役マシュー・ボールの貴公子ぶり、注目株イザベラ・ガスパリーニやジョセフ・シセンズの目も覚めるような青い鳥のパ・ド・ドゥなど、クラシック・バレエの魅力があふれる魅惑の舞台である。おりしも、今年の秋は日本のバレエ団による『眠れる森の美女』公演が多く行われ、コロナ禍で眠っていた劇場の目覚めも象徴させているかのようだ。

2023-24シーズンの展望
ロイヤル・オペラハウス・シネマシーズン2023-24は、ロイヤル・バレエのレパートリーの中から選りすぐった人気4作品がラインナップされている。

幕開けは『ドン・キホーテ』、バレエを観るのが初めての方でも楽しめる、スペインを舞台にした陽気なコメディ作品で、たくさんの超絶技巧も詰め込まれています。高い技術を誇るマヤラ・マグリがキトリ役、『眠れる森の美女』では王子役を演じたマシュー・ボールは、庶民的な床屋のバジル役を演じてまったく違った魅力を見せてくれるはず。

クリスマスはこの作品なしでは考えられない『くるみ割り人形』は来シーズンも上演、ロイヤル・バレエのピーター・ライト版は幾多の「くるみ」の中でも物語性が高く、夢と冒険が詰まったファンタジックな世界は、幅広い年齢層に大人気だ。若手プリンシパルのアナ・ローズ・オサリヴァン、マルセリーノ・サンベがフレッシュな魅力で金平糖の精と王子を演じる予定。

ロイヤル・バレエは演劇の国英国ならではのドラマティック・バレエがお家芸。その中でも最高傑作の『マノン』は、パリの裏社交界を舞台にした甘美で退廃的な世界観、究極の愛の姿を見せる。深く心に残る作品であり、根強い人気を誇る。

シーズンを締めくくる『白鳥の湖』は言わずと知れたバレエの代名詞。世界トップクラスのダンサーたちが、チャイコフスキーのあまりにも美しく心を揺さぶる旋律に乗せて、圧巻のドラマに浸りたい。ロイヤル・バレエ版は夭折の天才振付家リアム・スカーレット振付による陰影に富んでドラマチックな「白鳥の湖」だ

この4作品を観れば、ロイヤル・バレエがなぜこんなにも世界的に大人気なのかが実感できる。幕間の解説や出演者へのインタビュー、そして舞台裏の映像で作品への理解も深まり、心揺さぶり胸弾む美しきバレエの世界のとりこになるはず。

また世界的なスーパースターだけでなく、ロイヤル・バレエで活躍する日本人ダンサーたちの踊りや演技も観られるのも、このシネマシーズンの楽しみの一つ。2023-24シーズンでは、前田紗江、中尾太亮がソリストに、五十嵐大地がファースト・アーティストに昇進し、来シーズンは頻繁にスクリーンで出会えるはずだ。高田茜、平野亮一、金子扶生と日本出身プリンシパルの活躍ももちろん期待できる。

近年、若手ダンサーの登竜門であるローザンヌ国際バレエコンクールの上位入賞者の多くは、ロイヤル・バレエスクールのスカラシップを獲得したり、研修生としてロイヤル・バレエに入団したりしており、ローザンヌ出身の新星が頭角を現すことも期待されている。

ロイヤル・バレエの魅力とは
今年6月に開催されたロイヤル・バレエの来日公演では、『ロミオとジュリエット』8公演が毎回違う、8組のダンサーが主演で上演され、ほとんどの公演がソールドアウトとなるなど、ロイヤル・バレエ旋風が日本を吹き荒れた。ロイヤル・バレエの過去と現在、未来を見せる「ロイヤル・セレブレーション」も高く評価された。演劇的バレエなどの伝統を大切にしながらも、果敢に新しい作品に取り組み、さらに世界トップクラスのスターダンサーたちが魅せる。ロイヤル・バレエの大きな強みは、国籍や肌の色に関わらず、優れたダンサーたちをどんどん起用することであり、そのため日本人ダンサーたちの活躍も実現しているのである。

また、リハーサルやクラスレッスンのネット中継などの配信事業、世界中のバレエ団がオンラインで生中継を行う恒例の「ワールド・バレエ・デー」(今年は11月1日を予定)の主催、そして本ロイヤル・オペラハウス・シネマシーズン」による映画館での上映、アウトリーチ活動と、ロイヤル・バレエはバレエを世界中の幅広い人々に広めるのに大きな役割を果たしている。映画館でロイヤル・バレエを観て、ロイヤル・オペラハウスでのロイヤル・バレエの舞台が大画面で観られる幸せをぜひ感じてほしい。

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