2018.12.26

オペラ『ワルキューレ』を初心者でもわかりやすく解説します

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            石川了(クラシック音楽専門TVチャンネル「クラシカ・ジャパン」編成

「ワルキューレの騎行」と言えば 何を連想?
 フランシス・フォード・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』といえば、ヘリに搭載されたスピーカーから流れる「ワルキューレの騎行」をBGMに、ベトナムの村落が次々と爆撃されるシーンを思い起こす方も多いのではないでしょうか。

 コンサートでも単独で演奏されることが多い「ワルキューレの騎行」は、元々は19世紀ドイツの作曲家、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ワルキューレ』第3幕冒頭の楽曲。そして『ワルキューレ』は楽劇四部作『ニーベルングの指環』の第2番目の作品なのです。

 『ニーベルングの指環』は、世界を支配できるパワーを持った黄金の指環を巡り、神族と人間、地底のニーベルング族による愛と欲と裏切りが交錯する大河ドラマ。全四作通すと上演時間は何と15時間という超大作です。

 序夜『ラインの黄金』では、ライン河の黄金で作られた指環に呪いがかけられ、権力欲に囚われる神々の世界を翻弄します。第1夜『ワルキューレ』では、神々の長ヴォータンが人間女性との間にもうけた双子の兄妹の愛と、ワルキューレ(ヴォータンの娘たちで、英雄を天空に導く女戦士)の一人ブリュンヒルデが神々の世界を追放されるまでを綴ります。第2夜『ジークフリート』では、兄妹の息子ジークフリートが黄金の指環と人間となったブリュンヒルデを獲得。第3夜『神々の黄昏』では、ジークフリートの死と神々の世界の崩壊、そして指環がライン河に還るまでを描きます。

 兄妹の禁断の愛は『スター・ウォーズ』のルークとレイア姫のようですし、指環の呪いは『ロード・オブ・ザ・リング』、権力に囚われた者の策謀とその中に咲く愛の物語は、まさに『ゲーム・オブ・スローンズ』の世界。ストーリーだけでも映画的な展開だと思いませんか。

『スター・ウォーズ』&「ロード・オブ・ザ・リング」&「ゲーム・オブ・スローンズ」&『ゴッドファーザー』 !!!
 特に、『ワルキューレ』は、話の展開も早くてわかりやすく、ワーグナー作品の中でも一番の人気タイトル。第1幕は、ジークムントとジークリンデの愛の物語で、しばしばコンサート形式でも上演される有名な場面です。しかし、筆者がオススメなのは、第2幕以降。

 神々の長ヴォータンが正妻のフリッカに自らの不貞を非難され、不義の息子ジークムントの殺害を約束する場面で始まり、その要因を最愛の娘ブリュンヒルデに愚痴る父親。死を告げにジークムントに会いに行ったブリュンヒルデは人間の愛の深さに気づき、父の命令に背いて兄妹を助けることを決意。しかし、ジークムントは殺され、ブリュンヒルデはジークムントの子を身篭ったジークリンデを救出し「生きよ!」と諭します。ヴォータンは命令に背いたブリュンヒルデに永遠の別れを告げ、彼女の神性を剥奪し、長い眠りについた娘を炎に包みます。彼女を目覚めさせることができるのは、炎を越えられる恐れを知らない英雄のみ。その場面に、まだ登場していない次作からの主人公ジークフリートのテーマが流れるのです。

 今、自分で原稿を書いていて涙が出そうになるくらい、『ワルキューレ』は、男女の純愛や夫と妻の葛藤、父と息子の親愛、父と娘の情愛といった人間ドラマが物語の核となっていて、ある意味、マフィアの権力争いとファミリードラマが同時並行で描かれたコッポラ監督の映画『ゴッドファーザー』のような味わいもできるのです。

アントニオ・パッパ―ノの気合い!
 英国ロイヤル・オペラ・ハウスの新たなシネマシーズンのオペラ開幕を飾る『ワルキューレ』は、同劇場では3度目のリバイバルとなる2005年キース・ウォーナー演出のプロダクション。新国立劇場の同じ演出家による「東京リング」(2001~2004)とは全く異なる世界であり、今回が最後の再演とも言われているので、「東京リング」をご覧になった方は比較の意味でも注目です。

 同劇場音楽監督アントニオ・パッパーノの気合の入った音楽作りも圧巻。ワーグナーの特徴のひとつ、ライトモティーフ(特定の人物や状況と結びつけられる短い主題や動機)は、あるときは人物の行動や感情、状況の変化を象徴的に示唆し、あるときは物語の先を予告したりしますが、そのライトモティーフのひとつひとつに情感を込めながら音楽的統一を図り、オーケストラ全体で物語をグイグイ引っ張っていくパッパーノの手腕に、思わず時間が経つのを忘れてしまいます。

 歌手では、やはりブリュンヒルデ演じるニーナ・シュテンメの力強い歌声は見どころ。ヴォータン役のジョン・ランドグレンの鬼気迫る演技やジークムント役のテノール、スチュワート・スケルトンの柔らかな美声、わずかな出番ながら圧倒的な存在感を放つメゾ・ソプラノ、サラ・コノリーのフリッカも必見です。

 休憩時に、『ラインの黄金』から『ワルキューレ』の間に起こった出来事をウォーナー自身が解説するので、こちらもお見逃しなく。

ワーグナーの世界へ!
 ワーグナーは上演時間も長く、よほどの音楽ファンじゃないと取っつきづらいのは確かですが、『ワルキューレ』はワーグナー入門として最適の作品だと思います。

 筆者自身のワーグナー鑑賞のコツは、とにかく映画的に楽しむこと。実際、ワーグナーは自分で台本も書いているし、彼が現代に生きていたら、きっとコッポラやベルトリッチのような映画を撮っていたかもしれませんね。

 だから、スクリーンで楽しめるこの機会に、皆さんも勇気を出して、ワーグナーの世界に一歩踏み出してみてほしい。一旦ハマるとなかなか抜けられませんが。

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