『ル・パルク』の見どころをご紹介します

 現代バレエ作品の中でも、もっとも美しく官能的な「フライング・キス」デュエットで知られる絢爛たる恋の名作『ル・パルク』。 

森菜穂美(舞踊評論家)

 

男女がキスをしたまま回転し、遠心力で女性がまるで空を飛んでいるように回り続ける「フライング・キス」が鮮烈な印象を残す『ル・パルク』の「解放のパ・ド・ドゥ」。モーツァルトの印象的な音楽と相まって、現代バレエ作品のパ・ド・ドゥの中でも、もっとも美しく忘れがたいデュエットの一つとされています。2011年にエールフランスのCMで、パンジャマン・ミルピエが鏡の上でこの「解放のパ・ド・ドゥ」を踊ったことで、バレエを観たことがない人にも知られるようになりました。

この「解放のパ・ド・ドゥ」は、世界中のバレエ・ガラ公演で、ロベルト・ボッレ、アレッサンドラ・フェリ、ディアナ・ヴィシニョーワなどスターダンサーたちが好んで踊ってきた作品なので、観たことがある人も多いはず。ですが、アンジュラン・プレルジョカージュによる全幕作品『ル・パルク』を観たことがある人は案外少ないのかもしれません。イザベル・ゲラン、ローラン・イレール主演で1994年に初演されて何回も再演を重ね、2008年にはマニュエル・ルグリやニコラ・ル=リッシュなど当時のトップエトワール主演による来日公演も行われるなど、パリ・オペラ座を代表するコンテンポラリーの名作レパートリー作品です。

 

現代の巨匠、名だたるアーティストたちとのコラボレーションでも知られるアンジュラン・プレルジョカージュ振付のエレガントな作品

アンジュラン・プレルジョカージュは、ジャン=ポール・ゴルチェに衣裳デザインを依頼した大胆な『白雪姫』、エンキ・ビラルを美術監督に迎え、近未来の階級社会を舞台にホームレスのロミオとブルジョワのジュリエットの恋愛を描いた『ロミオとジュリエット』、ダフト・パンクのトーマ・バンガルテルに音楽を委嘱した『ミソロジーズ』をはじめ、パリ・オペラ座でも『受胎告知』『カサノヴァ』『メディアの夢』『MC 14/22 (これは私の体)』『シッダールタ』などを振り付けている現代バレエを代表する振付家です。コミックが原作でジュリエット・ビノシュが出演したダンス映画『ポリーナ、私を踊る』では共同監督も手がけました。自身のカンパニー「バレエ・プレルジョカージュ」も率いています。

『ル・パルク』は彼が初めてオペラ座に振り付けた作品ですが、クラシック・バレエの殿堂であるオペラ座に敬意を表して、オペラ座が生まれた17~18世紀の貴族世界を舞台にした、クラシック・バレエ寄りの振付となっていますが、オペラ座らしい洗練されたエレガンスがあり「モダン・クラシック」、つまり現代の古典作品という評価が確立されています。パニエで大きく膨らませたローブ・ア・ラ・フランセーズなどの絢爛な衣裳やスタイリッシュな舞台装置、モーツァルトの音楽と相まってクラシック・バレエ好きにも楽しめるとともに、恋愛をテーマにユーモアもちりばめられているため、初めてバレエを観る人にもわかりやすく楽しめる作品となっています。

 

恋の国フランスらしい、貴族たちの華麗な恋愛遊戯の世界がロココ様式の庭園で繰り広げられる

『ル・パルク』はクラシックとモダンが絶妙に融合したバレエで、恋の国フランスらしい華麗な恋愛術の世界が魅惑的に描かれています。初演された1990年代当時は、HIVが蔓延しており、プレルジョカージュは「現代における愛とは何か」と自問自答しながら振り付けたと語っています。初演から30年が経って世界は変化し続けていますが、『ル・パルク』は愛の規範と人間の感情の目覚めを探求し続けている不朽の名作として、オペラ座のみならず、バイエルン歌劇場バレエなど世界中で上演され続けています。

パリ・オペラ座が創設された頃の啓蒙時代、「偉大なる世紀」と呼ばれた太陽王ルイ14世時代を舞台に、ロココ式の庭園での貴族たちの恋の戯れと駆け引きを描いた瀟洒な作品です。ラクロの『危険な関係』やラファイエット夫人の『クレーヴの奥方』にもインスパイアされています。プレルジョカージュは、モーツァルトの音楽を現代的にアレンジし、断続的な動きと官能的な奔流で構成された振付言語を導入することで、クラシック・バレエの伝統を崩すことを試みました。

 

愛に臆病なヒロインと、愛を求めて心を開かせる「彼」、3つのパ・ド・ドゥ。

気まぐれな恋愛遊戯を楽しむ貴族社会の中で、愛に臆病で愛を拒むヒロインと「彼女」を誘惑し心を開かせる「彼」の心理的な距離が近づいていく様子を描いた本作では、3つの印象的なパ・ド・ドゥ(デュエット)―「出会い」「抵抗」「解放」を通して少しずつ衣裳が脱ぎ捨てられて、愛が目覚めていく様子が描かれています。「抵抗」のパ・ド・ドゥでは、「彼」は求愛のダンスのように軽やかに跳躍し、回転しますが、「彼女」に頭突きを食らわされて拒絶されてしまいます。終盤の「解放のパ・ド・ドゥ」は、モーツァルトのピアノ協奏曲23番第二楽章アダージオに合わせて主人公二人がキスをしながら回転する崇高なまでに官能的な「フライング・キス」として有名ですが、全幕作品の中で心を徐々に通い合わせ、豪華絢爛なロココ衣裳を脱いで寝間着姿になった二人が想いを解き放つ場面として観ると新たな感慨があります。

男装した女性たちが男性たちと繰り広げる、やがて官能的になっていく椅子取りゲームや、庭園でのかくれんぼゲームでは男女のセンシュアルな駆け引きが時にユーモラスに描かれています。また各場面の冒頭に現れ、物語の狂言回し的な役割を担って「運命」を象徴しているような、ゴーグルをかけて革エプロンを着た4人の庭師の、どこか機械的でスタイリッシュな踊りなどの仕掛けも盛り込まれています。

 

日本で最も人気の高いエトワール、マチュー・ガニオのエレガンスを大画面で堪能する貴重な機会

今回の映像は2025年3月に惜しまれながらパリ・オペラ座バレエを引退した、世界的なスターダンサーのマチュー・ガニオ、そして本作を踊ってエトワールに任命され、特にコンテンポラリー作品での表現力に優れていたアリス・ルナヴァン(2023年に引退)が主演しています。その光り輝くような美貌、スター性と類まれなエレガンスで日本でも最も人気が高い男性バレエダンサーだったマチュー、彼のオペラ座現役時代の麗しく優美な姿を大画面で観られるのは貴重な機会です。

2026年2月にはパリ・オペラ座でリバイバル上演が行われており、全公演がソールドアウトとなって本作の人気の高さを証明しました。これからもパリ・オペラ座を代表する名作として上演され続けられるでしょうが、もうオペラ座の舞台では観ることが叶わなくなったマチュー、そしてアリスの麗しい姿をぜひスクリーンで堪能して、エレガントな官能の世界に酔いしれましょう。